お月見山を抜け、ハナダに辿り着いた。まあ…あんなことがあって日中に着くはずもなく、着いたのは夜。外に出る時間には遅かったので、街を回るのは明日ということになり、昨日はゆっくりポケモンセンターで休んだ。
朝起きて、部屋を見るといつもどおり不機嫌そうな夜とソファーでくつろいでいる爽。あれ、

「蘭は?」
「僕が起きた時にはもういなかったけど…」
「外かな…ちょっと見てくるね。ご飯の時間までには帰ってくるから!」
「風邪ひかないうちに早く帰ってきてね」

椅子に掛けてあった上着を羽織って、外に出た。季節的には春らしく、朝は少し肌寒い。体が小さい蘭がそこまで遠くにいくことはないと思うんだけど…。もしかして、と頭に思いつく悪い想像を振り払って足を速めた。
ポケモンセンターの裏手には広いウッドデッキがあった。椅子とテーブルもあるので今日はここで朝食を食べるのもいいかも。
よく見ると、そこには一人の少女がいた。焦げ茶と桃色の長いウェーブの髪がそよ風に揺れる。その光景はまるで一枚の絵のようだ、なんてらしくないことを思うぐらいに美しかった。
こちらに気付き、少女は振り向いた。目が合う。長い睫毛に桃色の瞳。正面から見るとより美しい。無表情な少女の顔が緩んだ。

「おはよう」

聞き覚えのある声。いつの間にできるようになったのかな。

「蘭」

名前を呼ぶと彼女はそっぽを向いた。照れ隠し、かな。

「こんなところにいたんだね」
「早くに目が覚めたから…何にへにへしてるの」
「へへ…蘭変わったなぁって…嬉しいんだ」
「…そうね。多少は変わったかもしれないわ」

あの出来事から蘭は笑うようになった。その大きな変化がとてもうれしい。

「風邪ひいちゃうから早く戻ろう?」
「…ねぇ、華音」

中へと入るドアを開けようと行こうとした時、蘭が呟いた。

「……華音、ありがとう」

アタシ、あなたのおかげで変わろうと思うことが出来た。変わることが出来た。前向きになれた。おせっかいとも呼べるようなあなたの優しさが、凍っていた心を溶かしてくれたの。
だから、今日くらい素直になってあなたに少しだけでも気持ちを伝えたい。

「…へ?」
「…何もないわ。早く入りましょう」

足早に蘭は中に入っていった。
小さな声だったけど、ちゃんと聞こえた。…すごく嬉しいよ。

「蘭待ってよー!」

緩む頬を抑えつつ、先を歩く蘭を追いかけた。



「ふう、満腹」
『凄い食い様だった。太るぞ』
「レディーになんて言葉を…」
『華音は細いすぎるくらいだから食べた方がいいと思うよ』
『体のどこに入ったの』
「そこまで言われるほど食べた訳では……あれ、」

朝食を終え、エントランスでのんびりしていると見慣れた人影を発見した。タイミングよく目が合った。手を振ると相手がこちらに来る。

「グリ『旅の準備はしたのか』…それはもう昨日しといた」
『ならいい』
「…グ『今日はどこに行くの?』…ジム戦は後にして街とか外を回ろうかと」
『楽しみだね』
「よぉ、華音『煩いわ黙っていて』………」

ろくに喋っていないグリーンにその言葉はあまりに酷いのでは…言葉の意味が理解できないグリーンも威圧感に黙ってしまった。こういう時だけグリーンが言葉を理解できなくてよかったと思います。

「…えーと、久しぶり」
「一週間も経ってねえよ」
「あれ、そうだっけ…」

ここに来てからはいろいろあったし、時間間隔がよくわからない。

「…仲間増えたな。しかも全部カントー以外のポケモン」
「ああ、紹介するね。ブラッキーになったブイ改め夜と、ハヤシガメに進化した爽、新しく入ったミミロルの蘭です」
「…なんか…視線が痛いんだけど」
「あー…うん」

しょうがない、としか言いようがない。ほぼ全員が人間嫌いだ。夜は嫌いというより、誰に対しても愛想が悪いが正しいかな。爽も知ってる相手だから威圧感もマシな方だ。問題は蘭。初対面の相手だから警戒が酷い。

「蘭大丈夫。私の知り合いだから」
『…そう言うのなら』

蘭は肩の力を抜いてくれたようだ。グリーンも安心した顔をしている。

「そういえば、誰かと話しているみたいだったけど邪魔してよかったの?」
「別に。ナンパだったし」
「その年でナンパだと…」

羨ましいですな。イケメンは得だね。本人は煩わしそうだけど。

「…それに、お前いたし」
「だからってそんな気にしなくても…」
「見つけたら、追いかけないとな」

どういうことだろう、その意味を聞く前にグリーンからバトルを持ちかけられ、聞くタイミングを失ってしまった。
勿論答えはOK。場所は移動し、ポケモンセンターの広場。

「負けても文句言うなよ!」
「勝った事ないのに生意気だなー」
「バトルは…3対3にするか」
「グリーンの持ってるポケモンの数でいいよ」
「じゃ、3対4で。それを負けた言い訳にすんなよ」
「しないよ、負けたら私が実力不足だっただけ。…あ、今のかっこよくない?」
「…それが無かったら」

グリーンが出したのはピジョン。流れるようなフォルムに鋭い目、大きな翼、力強そうな足。まさに猛禽類。見ていて惚れ惚れする。

『…華音?』
「ひっ、ごめんなさいっ。えーと先方は…」
『アタシに行かせて』

名乗り上げたのは蘭。意外だ。

「…いいの?」
『アタシにやらせて』
「…分かった。任せる」

蘭が前に出た。空中を飛んでいるピジョンを睨む。

『鳥…しかも鳩。楽勝ね』

そう呟いた。ぞわっと鳥肌が立つ。ピジョンもあからさまに怯えている。私の仲間にはやっぱり黒属性が集まる由縁でもあるんじゃないんだろうか。

「…うん。先攻はそちらから」
「後悔すんなよ…ピジョン体当たり!」
「跳んでからの電光石火!」

ピジョンの急降下しながらの体当たりを跳ぶことでかわし、電光石火を当てようとしたが、相手は空中。簡単に避けられてしまった。

「風おこし!」
「とびはねる!出来るだけ高く!」

風おこしを高さで乗り越え、ピジョンにのしかかる。そして背中にしがみついた。いきなりのことに混乱してピジョンが空中で暴れる。

「落ち着けピジョン!」
「そのまま10万ボルト!」
『ごめん。アタシ、手加減って嫌いなの』
『え』

10万ボルトが直撃したピジョンの悲痛な声が響く。電気で焦げたピジョンは飛ぶ体力もなく地面に落ち、戦闘不能になった。

『それに、あのトレーナー気に食わないし』

それって八つ当たりなのでは…ピジョン不憫。御愁傷様です。

「おめでとう蘭。がんばったね」
『当たり前よ』

ぷぃっといつものように顔を逸らしてしまった。この照れ隠しはいつなくなるのやら。

次の爽対コラッタの試合も早く終わり、今はグリーンの三体目。爽が疲れていなかったので続けて試合に出したのは良かった。滞りなくバトルは始まったが、…問題はその試合相手だ。

「あー、もう!!なんでテレポートしか覚えてないのに試合に出そうと思ったの!」
「つい忘れてたんだよ!!!」
「オーキド博士の孫名乗るのやめちまえ!」

グリーンが出したのはケーシィ。ケーシィはレベルをあげても進化するまで技を覚えない。進化していないうえに技マシン技も習得していないとくれば…嫌でも分かる。テレポートしか覚えてないのだ。
簡単に倒せればそれでもよかったんだ…でもこのケーシィはテレポートでフィールド上をちょこまかちょこまか…。バトルにならない。私も爽もフラストレーションが溜まる一方だ。

「バトル挑むんだったらとっとと進化させとけ!!!」
「…うるせえ!俺ぐらいになればテレポートだけでも倒せるんだよ!!」
「自分で何言ってるか分かってる!?あーもう!」

初めは爽もケーシィを追いかけて攻撃をしていたが、一度も当らないので今は様子を見ている。

『…ああもう、出たり消えたり…うざい』
「爽、やっちゃおうか。埒が明かない」
『そうだね。やっちゃおう』
「ん。フィールド全体に葉っぱカッターでよろしく」
『はーい』

爽が放った葉っぱカッターが渦のようにフィールド上に舞う。テレポートで現れたケーシィは思惑通り渦に巻き込まれ戦闘不能。「すご、」とグリーンの口から言葉が零れた。

「お疲れ様」
『すっきりしたね』
「私も!」

「……」

きゃいきゃいはしゃぐ姿を見てグリーンは学ぶ。この二人は苛立たせてはいけない、と―心の奥に刻んだ。

「ちっ、次が最後か」
「最後まで負けないよ」
「俺のフシギダネなめんなよ?」
『華音でも容赦しないよ!』
「夜、」
『やっとか』

足元で伏せていた夜は体を起こして私の前に来て、フシギダネに向き合う。
フシギダネの目はギラギラしている。やる気は満々のようだ。

言葉はなく、グリーンとのアイコンタクトでバトルは始まった。

「葉っぱカッター!」
「電光石火!」

葉っぱが舞う中、全ての葉を避けフシギダネに突っ込んだ。が、それはお見通しだったようで、掠ることもなく攻撃を避けた。

「蔓の鞭で捕まえろ!」
「ッ、避けて!」
『ッ!』

体制をなおし、素早く蔓の鞭をはなつ。攻撃で体制が崩れ蔓を避けきることが出来ず、片前足が捕まってしまった。

「地面に叩き付けろ!」
『りょーかい!!』
「地面にアイアンテール!」
『無茶、言うなっ、!』

振り回し、夜を勢いよく地面に投げつけた。不安定な体制だったが、アイアンテールを地面に叩きつけることに成功し、それが衝撃を吸収し、大ダメージを免れた。夜の素早さに感動だ。

『うそっ』
「ッチ、咄嗟でよく思いつくな。隙を与えるな!葉っぱカッター!」
「シャドーボール!」

放たれた葉っぱカッターが全て相殺された。

「で、だましうちだ!」
「体当たりで向かいうて!」

体当たりで対抗しようとしたが、夜の素早さには勝てずだましうちが直撃。ダメージが多かったのかフシギダネは揺れたが、立て直した。まだ目から闘志は消えていない。

『グリーン、次が最後かも…』
「…全力で葉っぱカッターだ!!」
「電光石火!で後ろに回って…もいっかいだましうち!」
『一度に、いいすぎ』

葉っぱカッターされる前に後ろに回り込み、だましうちが決まった。流石にもう体力は残っていない。フシギダネは地面に倒れた。

「よしっ」
『当たり前だ』
「えへへ、凄かったよ夜。素早かった!はいハイタッチ!」
『するか』
「ケチ…あ、今回咄嗟のことにも反応して行動してくれたし、なんか…どんどん息があってくね」
『…そんなもんだろ』

嬉しくてにへにへ笑っていると、夜がお決まりの心底うざそうな顔をする。ああ、眉間の皺が酷い。
グリーンを見ると、フシギダネを抱き上げてこちらに来ていた。

「全敗とか…」
『僕たちダサー…』
「でもいい戦いだったね」
「…だな。次こそ負けねえから」
『首をながーくして待っててね』
『それは首を洗って待ってろの方でしょ』
『結果として意味は間違ってないわね』
『心底どうでもいい』

そうしてグリーン全敗という悲しい結果だったが、グリーンとの再戦バトルは終わったのだった…


わたしは月、あなたは太陽
(あたたかくて、眩しくて、)(追いつきたいけど追いつけなくて)
131106


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