「うわ、ひっろー…おお、ズバット」
「今回は前みたいにはぐれるなよ…?」
「…極力努力しまーす」
お月見山といっても洞窟。思っていたより暗い。暗くても周りが見えるのが救いだ。これだけ言いたい。私は好きで迷っているわけでは無いんだと。…睨まれるから口には出しませんが。
前の森のように両端に夜と爽というSPに守られる大統領状態だ。蘭は歩くのが嫌なのかボールの中で休んでいる。
流石お月見山。ズバットだけでなくイシツブテにパラス。さまざまのポケモンがいる。運良くピッピなど見れはしないかと周りを見て歩いていた。
突然蘭がボールから出た。
「…どうしたのいきなり」
返事はなく、私の声が聞こえていないのか呆然と暗闇の中を見ていた。一瞬見えた蘭の顔は無表情で目には光がなかった。昨日にもこんな目はしてなかった。
蘭はがむしゃらに暗闇の中に駆け出した。振り返ると、二人は前を歩いていて気付いていない。…二人には悪いけど追いかけるしかない。
「ごめん、夜爽!蘭を追いかける!」
「え、華音!?」
二人の返事を聞かず、蘭を見失わないように追いかけた。
「チッ、爽追いかけるぞ」
「うん」
なんで、なんで…っ
アイツがここに居るの…!?
蘭に追いついた頃には後ろには二人は見えなくなっていた。これは後で怒られるんだろうな…
無駄にあると言われた体力が切れだしたので結構走ったみたいだ。まだ蘭は全力疾走で止まらない。
「蘭、一度落ち着こう…っ」
こんなに近いのに声は届かない。あきらめず、もう一度強く呼んだ。
「…蘭っ!」
『!!!』
響いた声に正気を戻し、へたりと地面に腰を下ろした。無我夢中だったのだろう。手当した手と足の傷口も開き、酷い有様だ。
「せっかく治りかかってたのに…しみるけど我慢してね」
傷口に傷薬を吹きかけ、保護のために包帯を巻いた。
「これぐらいしかできないけど…痛む?」
『大…丈夫』
「よかった」
傷口に触らないように撫でる。チラリと見えた顔は無表情ではあったが、目には光があった。少し、安心した。
「はぐれちゃったから二人を探さないと…蘭は歩くの辛いだろうからボールに戻る?」
『…抱いていて』
「了解」
抱き上げると、ありがとう、と小さな感謝の声が。蘭は気を失うように眠った。…おやすみ。
取りあえず二人を探さなければ。なんというデジャヴ。トキワの森よりは気配は多いし、人やポケモンに道を聞こうとしたが…運が悪いのか、さっきからどちらとも出会わない。今までポケモンとかうじゃうじゃいたじゃん…なんでこういう時に出て来ない!つい溜め息が漏れた。
その時、声が聞こえた。
隠れなくてもいいのに何故か近くの岩の裏に隠れてしまった。
「いい報告も特になし。わざわざ貴方が出向くような任務でもないのでは」
「命令だ」
「…そうだったね」
聞こえた声は二つ。一人は中性的な声で性別は分からない。声から優しい雰囲気が感じ取れる。もう一人は低めの男の声。口数は少ないみたいだ。
反射的に隠れてしまったけど…これは出にくくなっただけじゃないのか…何事もなく通り過ぎるはずだから時間を待とう。
「…そこのお方、隠れていないで出てきてくれませんか」
ばれるとは思っていなかった。さーっと血がひく。この人、かなり感性が研ぎ澄まされている。話しながらも存在に気付くだなんて。あー、出たくない。勘違いされてるよこれ。私そんなつもりはなかったと謝ったらチャラになるかな。…無理か。
「少々煩いので静かにしてもらえませんか」
私はさっきから一言も口を開いていない。心が読めるのか。プライバシーの侵害だ…はぁ、もう隠れ切れないな。諦めて岩の影から出た。いたのはこちらを真っ直ぐに見る桜色の髪の人と横目でこちらを見る銀髪の人だった。様子からして、さっきの声は桜色の髪の人の方のようだ。整った顔でにこりと微笑み私を見ている。
「何かご用ですか?」
「反射的に隠れてしまったんです…気にしないでください」
「へぇ、」
素直に話したが完全に信じてくれていないようだ。どうすれば…
にこりと笑って閉じていた彼の目がすっと開いた。表情と合っていない冷めたその目にぞっと全身の血がひいた。
「―貴方からはよくないものを感じる」
「へ…」
「どうかされましたか?」
嫌な空気はやって来た人によって途切れた。銀髪の人は癖なのか横目で見るだけだった。代わりに桜色の髪の人が話していた。
黒ずくめのあの服に特徴的なRのマーク。…ロケット団。
『……ん、』
「目、覚めた?疲れてるならもう少し寝ててもいいけど」
『平気。歩けるからもう降ろしても………』
蘭が男を見た。息が止まった。
『あん、たは…』
「…あ?」
男性と目が合う。蘭の体は小刻みに震えていた。蘭を見た男性は突然笑い出した。
『何が可笑しいの…!』
「あの時のミミロルか。生きてたんだな」
『…お陰様でね』
「ふーん、拾われたのか。また二の舞になるんじゃないか」
『…黙って』
「君、知らないだろうからコイツの事ちょっと教えてあげる。コイツはな、ポケモンからも人からも狙われてその度に返り討ちにしてきたんだよ。特に人は何人も死にそうな奴もいたって話だっけ…俺も危なかったなぁ…『黙れ!!!』…おー、こわ。俺ら人にはアンタの言葉はわからないから親切に教えてあげただけだろ?」
『何が親切よ…勝手なことしないで…!』
少しでも落ち着ける場所が出来たと思ったのに。正当防衛だとしても手をあげてしまった。こんなアタシでも彼女が受け止めてくれるかしら、なんてありえない事。また、あの生活が戻ってくる、だけ。
蘭が無意識に私の服を握りしめた。大丈夫、と意味も込めて抱きしめる力を強めた。目の前の男性はニヤニヤと嘲笑った。
頭で何か切れる音が聞こえた。
周りの空気が冷え、ピリピリと張りつめていくのを近くにいた蘭は肌で感じていた。この中でただ一人その空気に気付いていない男性は、華音に近付く。
「これ聞いて嫌と思わない奴はいないよなぁ。自分もやられるかもしれないもんなぁ。いらないっていうなら引き取るけど」
「……い…」
「…あ?何か言った「煩い」…は?」
「煩い。黙れ」
冷ややかな視線を向け、今まで聞いたことの無いような感情が籠っていない声で呟いた。流石に男性も変化に気付き、想像以上の冷たい空気に声も出ず固まる。
「相手の気持ちを考えることも出来ない。耳も役立たない。人以下」
先程の彼を真似するかのよう、嘲笑った。それが気に障り、男性の顔は怒りに染まった。
「馬鹿にしやがって!!」
「最低限の常識さえ人に馬鹿と言って何が悪い。馬鹿という言葉もお前には勿体無いか。あと、知ってるか。傷つけた奴はその報いを受ける、って」
目にも止まらぬ素早さで動いた華音は男性の鳩尾に蹴りを喰らわせた。うめき声を上げ、地面に倒れた男性の鳩尾、先程と同じところを遠慮なく踏んだ。
「ぐあっ…餓鬼が…っ」
苦しむ男性を華音を嘲笑うわけでもなく、ただ見ていた。その顔からは全くの表情がなかった。目も、無。何も見ていない。向こう側を透かす透明なガラス玉のようだった。何も言うことも出来ず、蘭は信じられないこの状況に目を見開いていた。
「っ、行けズバット!!コイツに噛みつけ!」
「実力行使、か。哀れだ…」
『…華音…私にやらせて』
「いいのなら…よろしく。…冷凍ビーム」
今まで動かなかった表情を緩め、足をのけてそっと蘭を地面に降ろした。そのまま向かってきたズバットに冷凍ビームを直撃させた。全身が凍り、地面に落ちた。あまりの実力の差に男性は舌打ちをする。
「まだポケモンはいる…っ、このままで帰れると思うな…!!」
「…弱い奴ほどよく騒ぐ」
『それに…忘れてない?アタシもキレてるってことを』
「ヒ…ッ」
威嚇する蘭に男性は後ずさりした。
『通じないだろうけど言っておくわ。アタシを貶すだけならまだしも、お前は華音まで傷つけようとした。華音は…アタシに優しくしてくれた!アタシを思ってくれた!そんな華音を傷つけようとしてお前を許せるわけが…!!「蘭」
華音が優しく名前を呼ぶと、蘭は静かになった。華音は前に出て男性を冷たい目で見つめた。先程とは違い、その目からは強い意志が感じられた。
「確かに蘭は悪いことしました。ですが、本人が反省しているのにそこまで言う必要も…資格も貴方にはありません。蘭はもう私の大切な仲間です。貴方に譲る気は微塵もありません。…お引き取り下さい」
「チッ…」
真っ直ぐな視線に居心地が悪くなり、舌打ちをしてズバットを戻し、男性は闇の中に消えて行った。
『…華音、…有難う』
「ん?何か言った?」
『…いいえ。そう言えば華音戻ったのね』
「?、私何かした?記憶が曖昧で…二人組に会って話したところぐらいまではちゃんと覚えてるんだけど…もしかして何か変なことしてた…?」
『……特に何もなかったわ』
「…そう?」
こんな記憶が切れること今までなかったんだけど…気でも失ってたのかな。
『(さっきのは一体…二重人格になるのかしら…でも、華音は華音だったからアタシはどんな華音でも……って何考えてるの!?)』
「…顔赤いけど熱でも出た?」
『な、何もないわ』
蘭はそっぽを向いてしまった。…熱じゃないならいいけど。
パチパチパチ、と静かな空間に拍手が響いた。
「…面白いトレーナーだな」
「有難うございます、幹部さん」
銀髪の男性は表情を変えず、真っ直ぐに私を見る。左の頬の花の刺青が彼の白い肌に映えた。
嫌な感じはしない。この人は本当に悪人かと疑ってしまうぐらい真っ直ぐな視線だ。
「賢いのですね」
「人並みには。かなり上の立場ということも会話からわかりました」
「そうですか…では、私達をどうしますか。先程の下っ端のように追い返しますか?」
「いえ、戦いません」
きっぱり言い切ると、二人は目を見開いた。
「貴方たちからは戦意は感じられませんし、悪意も感じられない。…それに私はあなたと戦うのなら同じトレーナーとして戦ってバトルを楽しみたいです。なので今日は戦いません」
「……」
「…変な人ですね、あなたは」
悪口にも聞こえるような言葉だったけど少しだけ、鋭い雰囲気が変わった気がした。
『来たわ』、と蘭の独り言が聞こえた。何がと聞き返そうとすると、背中にドシンと何かがぶつかった。そのまま倒れ、地面に熱いキッスを交わすところだったが、そこは持ち前の運動神経で肘をついてふせいだ。
「ちょ、何事…っ」
振り向いて見えたのは黒く暗闇に光る黄色い輪っか。あ、ヤバい。
『気楽そうだな。忘れてたな俺達の事』
「いやー、そんな訳ないじゃないですかー」
『わざとらしい黙れ』
「重い重い重い!!」
夜は私の腰の上に座った。知ってる?君27sあるんだよ!思ってるより重いんだよ!
「置いていった罰、だよ」
「いい笑顔でそんなこと言わないでください…」
にこにこいい笑顔のはずなのに黒さを感じるのは何故だろう…
『…今回ぐらいは許してあげて?』
「…まあ、事情もあったみたいだし…」
二人の会話を聞いて、夜は仕方なさそうに腰から降りた。ああ、腰が軽い!自由って素晴らしい!
「ふう…ありがとう蘭」
『……そう』
また蘭はそっぽを向いてしまった。照れてるんだろうな…ツンな蘭可愛い!!
「…そんなことどうでもいいのですが…私達のこと忘れてませんか」
「…あ」
「…忘れていましたね」
いや忘れてないよ二人の存在感が強すぎて頭の中から押し出されたというか…だから私悪くない!
「結果忘れていたということですね」
「…なんというか…申し訳ありません…」
「いえ、あまり気にしていませんから」
桜色の髪の人の微笑みは綺麗だな、と別のことが頭をよぎった。女の美しさがあって、男の力強さもある。また長い髪が性別を分かりにくくしている。…変なこと考えないでくれます?と小声で言われたが、聞こえなかったことにしよう。
「…帰るぞ」
「はい」
「あの、」
「…なんだ」
帰ろうとしていた二人を呼び止めた。
「名前を聞いてもいいですか?」
「…准」
「貴方に教える名前はありません」
銀髪の男性は教えてくれたが、桜色の髪の人はいつも通りの冷たい態度で教えてくれなかった。
「華音、だったか。覚えておく」
「ありがとうございます」
その言葉を最後に二人は去っていった。
「…なんか、特徴的な人たちだったね」
『…もう会うこともねえだろ』
「分かんないよ、意外とその辺で出会うかも」
「そうだといいね。…それより早くここを抜けようか。入って時間が経ってるから、急がないと今日中にハナダに着けなくなるよ」
「申し訳ない…」
『さっさと行くぞ。道は把握してある。急ぐぞ』
輪っかを光らせ道を照らすブラッキー姿の夜を先頭に歩みだした。私は後ろをついていきながらも、二人が消えた方向を見ていた。隣の蘭が、私を見上げる。
『どうかしたの?』
「気になることが、あって」
『気になること?』
「…私、二人と会って一度も自分の名前を口にしてないのに、なんで彼は知ってたのかな」
私を昔から知っているのか、それとも蘭の言葉が分かったのか。答えは私にはわからなかった。
「ごめんね変なこと言って。急ごう、二人に置いていかれてまた迷子になっちゃう」
『そうね』
彼らから感じたこの言い表せられない気持ちはなんなのか…
また、会えるといいな。
未来への一歩
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