やっぱり自然って素晴らしいと思うんだ。空気はおいしい、静かで涼しい。体にエネルギーをくれる。自然ってサイコー!!
…さあ、現実逃避はこれくらいにしよう。
「…やっぱりこうなるのね」
この風梨華音、期待は裏切らない女です。いい意味でも悪い意味でも。
ああ、どうしよう。ちゃんと前を歩くブイについていったつもりだったのだ。でも気付けば迷っていた。私の方向音痴は私の頑張りではどうにもならないらしい。
こういう場合は動かない方がいいと言ったりするが実際どうなのだろう。誰か教えてくれ。
「ブイー、爽ー!どこー?」
虚しく周りに響くだけで返事はない。途端にさびしくなったので、近くの木を背もたれにして三角座りをする。暇なので地面にブイを落書きするとうまく描けた。この目つきとかそっくり。次は爽に挑戦だ。
カサカサ、と茂みが揺れる音がした。なんだろうと見るとそこからは――…
ちょうどその頃、華音がいないと気付いた二人は探し回っていた。
『チッ、着いてこいと言ったのに…アイツは子供か』
『そう言いながら探すって、ブイは優しいね』
コイツは変に痛いところをついてくる。聞いていないふりをして、華音のにおいを探す。ポケモンが多いせいでうまくにおいが探せない。そのうちに日が落ちてきた。
『…お姉ちゃん、早く見つけないとね』
『わかってる』
今まで、これほど焦ったことはあっただろうか。今まで、これほど誰かを思ったがあっただろうか。改めて俺の中のアイツの大きさに気付く。ボールに入るまでの記憶がない俺にとってアイツは全てだ。だから―
『(―絶対に捜し出す)』
足を速め、暗くなっていく森の中を駆けた。
『(…ふふ、素直じゃないなぁ)』
先を行くブイの後姿を見て笑う。
『(待っててね、華音お姉ちゃん…すぐ見つけるから…)』
『ねえねえ君かわいーね、連れ居ないなら俺達と遊ばない?』
『暇はさせないよー。どお?』
えーと、こちら華音です。私は多分人類初であろう、ポケモンからのナンパを受けています。スピアーにナンパされるのイケメンだからうれしいけど、他にいなかったんだろうか…私以外にもっと美人がいるだろうに。
『ねー、聞いてる?遊ぶの遊ばないの?』
「んー待ってる人いるしなー」
『そいつも一緒でも全然いいよ!かわいい子?』
「いや、嫌がると思うけど…可愛さでいうと私よりはずっとかわいいかな、二人とも」
二人の姿を頭に思い浮かべる。だってイーブイとナエトルだもん。私とは比べ物にならない。
『マジ!?じゃあ、オレの友達連れてきて六人でデート…『邪魔』ぐほっ!!』
『は!?なんかいきなり飛んできて『あ、いた!!探したんだよー』ぶへっ!!』
私の手に触ろうとしたスピアー達は突然現れたブイと爽に突き飛ばされ、地面に落ちた。とてもいいタイミングで入って来たね二人とも。見ていたかのようだ。二人が今突き飛ばしたのって…と聞きたいが言えない。ブイは怖いし、爽はとてもいい笑顔だ。
『いってーじゃねーか!!なんだよいきなりつっこんできて…もしかしてこれがアンタの仲間?』
「まあ…」
『両方男じゃねーか!!』
「いやだって聞かれてないし」
私間違ってないよ?うん。
『痛かったけどまあいいや…俺今この子と話してるの。君たち帰ってくんない?』
後ろでもう一人のスピアーが『そうだ帰れ帰れー』と言っている。何だろうこのザコ感は。
『離れるなって言ったよな…なんで離れた』
「え!?いやそれはですね…不可抗力でしてね…」
『……心配かけんな』
「…へ?」
『俺達無視していい雰囲気になってんじゃねー!!』
せっかく言ったのに無視されてすぐにでも泣きそうになってる。それは置いといて、虫ポケモンが無視されるって誰か言ってそうな洒落ですよね。私は馬鹿にされるのが分かってるので言いません。
こちらも話を邪魔されたブイの眉間の皺がやばくなっている。私に矛先を向けられていないのにビビってしまった。情けない…
振り向いたブイがスピアー達を睨む。スピアー達も怯んだが、負けずに言い返してくる。
『そんなちっさいのに負けるはずないし?』
『そうだそうだー』
このザコ感が愛おしくなってきたのは私だけだろうか。
『へぇ…ならこれはどうだ』
ブイの体が光り出した。え、まさかこれって…進化…?光ったブイの体は形を変え…
黒い体に黄色い円とラインが特徴の月光ポケモン、ブラッキーへと進化していた。
いきなりの進化に驚きを隠せないようだが、スピアーの威勢の良さはまだ収まらない。
『へ、へーん。進化したぐらいじゃどうにもなんねーよ!!』
『ぎゃ、逆に相性的にはこっちが有利だぜ!』
『…へぇ』
ブイは瞬時に黒い球を作り出し、放った。スピアーの間を通過したそれは木に当たり、立派な木を軽々と一本折ってしまった。見事なシャドーボールだ。その技を見たスピアー達の顔色はサァーと青くなった。
『きょ、今日はこれぐらいで許してしてやるよ!』
『そっ、そうだなー、飯の時間だしぃ!!許してやんよ!!』
意味の解らない捨て台詞を残し、一目散と逃げて行った。命拾いしましたね…
改めて進化したブイの姿を見る。スリムなボディに精悍な顔つき。進化したばかりであの技の素晴らしさ。惚れ惚れする。
『で、離れた理由と事細かく説明…』
「ブイイケメンになったねぇ」
『……ッ』
ブイを撫でた後、そのまま抱きしめた。いい毛並だ。筋肉の付き方もいい。触れていると成長したことを実感する。
「重くなったから抱き上げるのは大変そうだなあ。その分抱きしめよう」
『…勝手にしろ』
その言葉の通り勝手にさせていただいた。耳に触ったり尻尾に触ったり、肉球に触ったり…は前足で殴られたことであまりできなかった。
『調子に乗るな』
「ごめんなさい…」
『ブイ、幸せそうだね!』
こんな不機嫌な顔がどうしたらそう見えるのか教えて欲しい。
「そうだ、約束の名前付けないとね」
『…そうだな』
ゆらりとブイの尻尾が揺れた。嬉しい時に尻尾を無意識に振る癖は変わっていない。少し、嬉しくなった。
「…うーん。単純だけど…夜[ヨル]って名前はどう?」
『本当に単純だな』
「嫌なら別なのを…」
『それでいい』
ゆらゆらとブイ…夜の尻尾は振られたままだ。本当…
『素直じゃないね』
同じことを考えていた爽と笑い合った。
『で、まだ終わってないんだが』
…そのまま忘れてくれたらいいな、なんて密かに思っていましたが、無理でした。
『もういいでしょ。お姉ちゃん、大丈夫だった?』
「あ、うん。ただのナンパだったし。相手も本気じゃなかっただろうし」
『(迷子という時点でもっと危機感を持て。馬鹿か。子供の方がもっと危機感を持つぞ)』
「……二人ともよく私を見つけれたね」
『においを追ったんだ。他のにおいが多くて時間かかっちゃった』
「十分早かったよー」
『(お前が迷子にならなかったらそんな面倒もなかったけどな。もう苛立ちを通り過ぎて呆れた)』
「………」
何だろうこの無言の圧力は…怒ってますよね。完全に怒ってますよね。本当に悪いと思ってるんだよ!感謝してるんだよ!そんなに睨まないで、せめて喋って!!
『今度から気を付けろ(期待はしないが)』
「は、はい…」
気のせいじゃなければ何かひどい事思われてるような…ああもう泣きそう。
「ねえ、二人とも」
両端に護衛付きという状態で歩いていた。
『あ?』『なぁに?』
「必死に探してくれてありがとう。嬉しかったよ。二人が本当に仲間でよかった」
一歩出て、二人に向けて笑った。すこしぽかんとして、夜は目を伏せて、爽は恥ずかしそうに笑った。
たまには方向音痴も悪くない
(急がないともう日が沈んじゃうよ)(……え)(ジーー)(…視線が痛い)
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