最近開けづらくなった引き戸を開けて、薄暗い店内へと足を進める。
そこかしこに高く積まれた古本たちからはほんのりとかびた匂いが漂ってくる。
何人もの人たちによって読まれてきた本は独特の味があり、自分を引きつけてやまない。
また、絶版本や初版本を見つけた時の感動は何物にも代えがたいだろう。

「伊達、いるのか」

存外に広い店内を物色しながら、顔見知りの店主を呼ぶ。
そもそもは目当ての品が届いたと連絡をし呼び寄せたのだから待ってるのが普通だろうに。
つくづくあいつの世界は自分中心に回っている。

「Sorry。思ったより早いじゃねえか、石田」

「偶然近くにいたからな」

「…そうか」

世間一般的にはこういったマニア向けの古本屋の店主としては大分若いこいつは、間を開けて意味ありげに私の言葉を肯定した。

「連絡したとおりだ。届いてるぜ、あんたご所望の本」

カウンター下にかがむと、一冊の黄ばんだ本が姿を現した。

それは数年前に他界したある活動家が唯一書いた小説。
出版直後に内容が問題となり販売中止。わずか数百部しか世に出回らなかったというプレミア本だ。
先日大学の授業で話に上り、気になったからと声をかければ数週間もかからずにこの結果。
いつも思うがどこにそんなコネがあるのか。
一度そう問うたら、マニアの間で絶対手に入ると人気の店主は
「企業秘密」
と口角を片方だけ上げて不敵に笑った。

「しかし、またmaniacなものを読みたいんだな。あんた」

注文したときに提示された額を渡し終えた後、店主は不思議そうに言う。

「それは貴様が言えたことではないだろう」

先に訪れた時は戦前の、その前は安保闘争の時に書かれた本だったか。
とにもかくにも聞いたことのない作者から有名なものまで。
幅の広さ、マニアックさなら明らかに相手の方が上だと把握している。

「そりゃそうか」

店主は眼帯に隠されていない左目を楽しそうにゆがませ笑う。

「…手間かけさせた」

「あ、石田、」

用は済んだ。
互いに世間話をするような仲でもないので踵を返せば、不意に呼びとめられた。

「やるよ」

なんの前触れもなく投げられた何かをうまくつかむと、白い包装紙に包まれたあめが顔をのぞかせる。

「また来いよ、Honey?」

「馬鹿を言うな」

「照れるなって」

「誰が、いつ、照れた、だと…」

「stop、stop!落ち着けって」

人の悪い笑みを浮かばせる店主を睨みつけると、今度こそ背を向けた。

「…気が向けば来てやらんことも、ない」

「Ha!それならいいもの用意しとかねえとな」



やはりここの引き戸は開けづらい。
目の前に広がる空はすでに朱色を通り越そうとしていて、大分この店に長居していたことがうかがえる。
振り返れば古い木造の店舗、立てつけの悪い木戸から本に邪魔され中をうかがうことはできない。
もらったあめを口に含む。
甘いミルクの味がじわりと広がっていく。
とりあえず帰ろう。
帰って、そして本を読む。そうしよう。






















今の時間帯はもう暗いですが、夕方ってオレンジを挟んで青が紫に変わっていく
なんかいいですよね
あ、私だけ?^^
一応三政と言い張ってみる




101106





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