理由は知ってる。
緊張ではないんだ。精神的なものだって。
それでも、コントロールできない体調不良は体力を奪い気力さえ持っていこうとする。
遠征先のホテル。
食事を楽しむことも、チームメイトたちと絆を深めることもできず、ただただトイレにこもって嘔吐を繰り返す。
試合後に口に入れた軽食もとうの昔に体内から出て行った。
体制が変わって早数ヶ月。サテライト上がりの自分に思っても見なかったチャンスはいまだに手の届くところにある。
むしろ近づいたかもしれない。
期待されることは決して嫌ではない。
それは確かなんだ。
しかし、そんな自分の気持ちとは裏腹にプレッシャーに弱い精神は体調不良という形で表に現れた。
ひどいときには体が何も受け付けない。
食べれるならまだいい方だ。
それでも体が資本のこの世界において、食べないということは出来ない。
病院で点滴をうってもらう手もあるが、そう何回も使えない。
わずかに胃液の残る口内をゆすいで、いい加減こもっていたトイレから出る。
先ほど見た時間は日付が変わる少し前。
果たしてどれくらいたっているのだろうか。
「また、吐いてたの?バッキー」
部屋は暗く、物音ひとつしないため誰もいないと思っていた。ゆえにベッドに腰掛けた存在はひどく意外で口の中の酸っぱさも忘れかけた。
「…王子」
この現状を知ってる唯一の人。
たまたま同室だったときにばれた。というか向こうはうすうす気づいてたらしい。
彼らしく誰かに言ったりだとか表立って心配してる様子はないが、どうやら最近は彼の目にも余るらしい。
明らかに部屋が一緒になる機会が増えたし、見えないところで世話を焼いてくれている。
「僕だって好きで起きてるわけじゃないよ」
「…」
「他人のことに首を突っ込むような無粋なことはしたくないし、面倒くさい。でもね、バッキー。君が今どれだけチームに必要か分かってるの」
王子の目線はぶれない。
まっすぐ自分を射抜く。
「それが分からないほど君は馬鹿じゃないはずだ」
ああ、心配されてるのか。
「…ごめん、なさい」
素直にこぼれた言葉に、すっと王子が立ち上がる。
「タッツミーも感づいてるみたいだし」
優しく頭の上に置かれた手は、大きくて暖かい。
じわりと目頭が熱くなる。
涙は落ちてこない。
明日は、何か食べれそうだ。
20110419