ふわりと、シーツから彼が愛用していたタバコの香りが匂った。
朝日が目について起きてみたら、すでに左隣は冷たくしわだけが残されていた。
置き手紙もない。
いつも使っていた歯ブラシも、お泊まり用の下着も。
彼がいた、痕跡すべてが消えていた。

いや、タバコ一本と匂いだけが情けとばかりに残されていた。



no-no-no



始まりはなんてことない。
頭数合わせでいった合コンで一人だけ興味ありません、てな顔で座っていたのが彼、伊達政宗だった。
態度はともかく、顔は綺麗だった伊達ちゃんはいろんな子から誘われていたけど嫌だったのかすべて断っていた。
まあそれは顕著に最初から表情で表わされていたけども。
とにもかくにもお互い合コンに興味はなく、隅っこの席でちまちまと料理をつまんでいた。

「ねえ、そんなに興味ないなら何で来たの?」

最初に話しかけたのは俺から。
自分のことは完全に棚上げだけど純粋に好奇心からだった。

「Ah?人数合わせ、だとよ。そういうてめえも、その口なんだろ」

「ばれた?」

「んなつまらなさそうな面しといてばれたも何もあるか。You see?」

右目は白い眼帯に隠されていたが、反対の左目は切れ長で不遜な態度とよく合っていた。
カジュアルではあるがどこかこじゃれた服装も年齢の割には落ち着いて見える雰囲気も仕草の端々から育ちの良さがうかがえる。

「ねえ、これ終わったら二人だけで飲みにいかない?なんか俺様、あんたとは仲良くなれそうな気がする」

2次会なんかはなから行く気なし。
伊達ちゃんもそのつもりだったらしく、少し間をおいて首を縦に振った。

「いいぜ。ただし猿飛持ちな」

「うそ」

その時初めて、笑った顔を見た。
にやりと、たちの悪いものではあったがどこか楽しそうなその顔から目が離せなかった。



残された一本だけのタバコに火をつける。
深く吸えば肺の隅々まで煙がしみわたっていく。
タバコなんていつ以来だろ。
大学に入学したあたりに少しかじったくらいか。
いつまでたってもその独特の味に慣れずに中毒になる前にやめたんだったっけ。
次いで吐きだされた息は当然のごとく白い煙も一緒で、静かに霧散していった。
伊達ちゃん、いや政宗はどちらかといえばヘビースモーカー気味で一日に何十本と吸っていた。
彼の匂いはタバコの匂いと同義でそこもかしこもタバコ臭かった。

灰の手前を指先ではじいて灰皿に落とす。
彼がすればかっこよく見えたこの動作も自分がしたらなんの色気もなくつまらない。

「あーあ。ほんとどこに消えたのよあんた。俺様すっげー寂しい」


あの合コンの後、一行とは離れて伊達ちゃん行きつけのお洒落なバーに向かった。
ピアニスト、とかシンガー、とかがいるバーで当時まだ大人の世界に入りたてだった俺は柄にもなく緊張していたのを覚えてる。
なのに彼ときたらさも楽しげにがちがちの俺様をからかっては笑っていた。
氷の解ける音。
ピアノの流れるような旋律。
透る女性の歌い声。
それから、彼の笑い声。
酔っていたの、かもしれない。
何を血迷ったのかいまだに分からない。
今思えば間違いなく若気の至りだと一蹴できる。
でも確実に言えるのは、政宗は間違いなく俺を誘っていて。
俺は浅はかにもその誘いに乗った、ということ。

なし崩し的にホテルに向かい、誘われるまま彼と身体をつなげた。
何時間か前の言葉通り、俺と政宗は全く違う方向で仲良くなれた。
相性も良かったし彼の体は下手な女性よりも興奮した。

それから何度か会っては食事とかして最後は決まって事をいたして別れた。
ホテルとかだったのは最初の一回だけで後はだいたい俺の部屋。
お金があったわけじゃないしふらりと政宗が現れるのが決まって俺様の家だったってだけ。
泊まることも多かったから服が増え食器が増え。

「俺様さ、結構本気だったんだよ」

男が好きだったわけでも最初からどっちでもいけたわけでもなかった。
政宗だったから、なんて使い古された言葉を言いたいわけじゃないけども。
それでもきっと彼以外なんて考えられないのだ。
ついにフィルター付近まで近づいてきた火を灰皿に押しつけて消すと閉めっぱなしだったカーテンを開ける。
ついでに窓も開けて換気。
冬になりかけの冷たい空気が身を刺す。
そのまま振り向けば程よく散らかった部屋が見渡せた。
1ルーム。
築10年のそこそこの部屋。
ここで彼と何回朝を迎えたことか。

「あのね、政宗。知ってたよ。俺知ってたんだ」

あんたに婚約者がいたことも。さらには別に本当に好きな人がいたことも。

何年もセフレのような関係を続けてきて彼が一度も許さなかったのが、キスだった。
それ以上の激しいこともしたというのにキスをしようとすると決まって避けるような仕草をするものだから。
たったの一度も結局しなかった。
違う。
出来なかった。
することでかろうじて繋がっているこの関係を壊すのが嫌だった。
体のいいはけ口、なんて誰に言われなくても自分がよくわかってる。

「笑うかな。あんたのことだからきっと笑うんだろうね」

タバコの煙も匂いも消えたのを感じて窓を閉める。

「ばか。政宗の、ばあか」

探さないでいてあげる。
でも、帰りくらい待ってていいでしょう?







酔っていたの、かもしれない。
何を血迷ったのかいまだに分からない。
今思えば間違いなく若気の至りだと一蹴できる。

それでもよかったんだ。























某アイドルグループのソロ曲から
大分かけ離れたけども^^


101109








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