目の前で、真琴くんが泡に包まれてツヤツヤしたイカになる。私はぶくぶくと溺れながらそれをただ見ることしか出来なくてパニックになっていた。だめ、やめて、イカにならないで。人魚でいて。
「美代子ちゃん、寝てる…」
イカの真琴くんに名前を呼ばれた気がしたので眠い目をこすり、むくりと体を起こす。きょろきょろと周りを見渡すと、不用心にも開けっ放しの窓の向こうに良く知っている人が立っていた。
「ごめん、起こしちゃったね」
「い、イカになってない…」
「え?」
夢と分かって死ぬほどホッとした。
首を傾げる真琴くんは私があげたお父さんの緑のポロシャツとズボンをちゃんと着ていた。それに引き換え私は変なキャラクター柄の寝巻きだ。恥ずかしい。
とりあえず真琴くんの方へ向かう。
「ま、真琴くん。どうしたの」
「美代子ちゃんに会いにきたんだよ」
にこっと笑う真琴くんにまたどきりとしたけど、平然を装うためというか誤魔化すために咳をする。
「風邪?」
「いや、ぜんぜん健康ですよ」
「なら良かった。ね、これから二人で散歩しない?」
「散歩?」
「うん、まあ、平たく言うとデートって感じで」
今度は驚きで息が詰まり、本気で咳き込んでしまった。
「やっぱり風邪なんじゃないの?」
「い、今のはびっくりしただけ。真琴くんが凄いこと言うから」
「そっか。それなら良かった。俺外で美代子ちゃんを待ってるからさ…いいでしょ?」
そんな優しい顔でそんな強いこと言われたら、頷くしかないじゃないか。