「よいしょっ。とれた」
高めの脚立に乗って桜の枝を一本折る。先日の台風でもともと折れかかっていたから、力は大していらなかった。
脚立から降りて、手の中にある桜の枝をじいっと眺める。少し濃いめのピンク色がとても美しかった。
「…花盗人」
低めのじとっとした声が聞こえたのできょろきょろ見回すと、兵の向こうに遙くんがいて私をじろりと見ていた。彼はいつも、この時間帯にランニングをしている。
「はなぬすっと?」
「お前みたいなの。花盗人」
「ああ……っていやいや、この桜、我が家のだからね」
「お前のじいさんのだろ。簡単にへし折ったらまずいんじゃないのか」
遙くんのジト目が怖い。彼は変に律儀なとこがある。妙に自然や人を大事にするところがある。
「これは台風のせいで折れてたから、とっちゃったんだよ」
「…台風?…そういえばあったな」
遙くんの顔が糸が解けるように一気に穏やかになる。理解してもらえたようで良かった。私の持つ濃いピンクの桜と、綺麗な青っぽい黒髪を持つ遙くんが良く似合っていて交互に見る。
「そうだ。これ遙くんにあげるよ」
はい、と兵の向こうの彼に差し出す。遙くんは目を丸くしていた。
「けっこう好きでしょ?」
「…嫌いじゃない」
「じゃあ、プレゼント」
私の家にはこの桜の木があるわけだし、お花なら私より遙くんに似合う。悲しいけど遙くんは自然に負けず劣らず綺麗だから。
遙くんはそろそろと私の手から桜の枝を受け取る。少しだけ触れた手はほんのり暖かい。想像していた通りというか、桜の枝を持つ遙くんはやはりとても美しかった。
「これ、何か逆プロポーズみたいだね」
「…バカだろ美代子」
両手で大切そうに桜の枝を持って、愛おしそうに見下ろす。そんな行動と裏腹にかわいい憎まれ口を呟く遙くんは、やっぱり遙くんだった。