橘真琴は優しくて、背が高くて、イケメンで、おっとりしていて、優しくて、優しい。暖かなオーラをそよ風のように放つ彼を、クラスの皆は慕っていた。

けれども彼は、幼馴染の私には少しだけ意地悪だった。
基本的な優しさはもちろんある。転んだら助けてくれるとか、しょんぼりしていたらどうしたのって聞いてくれるとか。
でも、

「えいっ」

真琴は満面の笑みで私の頬をつまむ。全く痛くはないんだけど、こんな時どういう顔をすべきなのか昔からずっと分からない。

「にゃんれすか、」
「あはは」

頬をつままれたことにより生まれた私の変顔を見ると、真琴は嬉しそうに笑い手を離す。
ホッとしたのも束の間、なんと次に真琴は私の両頬を大きな手でぐにゃりと潰して私の口を妙なくちばしのようにした。きっとさっきより不細工な顔になってる。

「はんなほ?まほと」
「なんなの?まこと、か」

また真琴はパッと手を離す。

「なんかね。美代子を見てるとこういうことしたくて仕方ないんだよね」
「なんと迷惑な」
「昔から、ずーっとそうなんだ」

真琴はえへへーと言いつつ頭の後ろをかいて、そろそろ水泳部開始の時間だからバイバイと言い、ドタバタと私の前から去って行った。
爽やかな割には嵐のような人でもある。昔より意地悪の頻度がぐんと増えた気がする。



「好きなんじゃない?美代子ちゃんのこと」

渚くんに相談すると、そんな返事が返ってきた。

「す、すき?…と仰いますと?」
「そのままだよー。マコちゃん絶対美代子ちゃんのこと好きだから!」
「まさかそんな」
「ぜーったい、そうだって!もうマコちゃんの顔とか見てると分かるよ」

にこにこと笑う渚くんは天使にも見えたし悪魔にも見えた。

「美代子、渚、何を話してるの?」
「あ、噂をしてればマコちゃん」
「噂?」
「いやいやいや何でもないよ」

私が両手をぶんぶん振って全力否定する。

「そう?……あっ渚、美代子借りてもいい?」
「いいよーいってらっしゃい!」
「(えええぇー…)」

真琴は私の手首をぐいっと引いて席から立たせ、問答無用で歩き始めた。
痛くはないんだけど、なぜだろう、真琴の必死な感じが背中から伝わってくる。

真琴は人気のない廊下でピタリと立ち止まり、手を離してこちらに振り向いた。

「えっと……こんなこと聞くのも野暮なんだけど」
「うん?」
「渚となに話してたの?」

真剣な顔つきで、私を見下ろす真琴は迫力があった。

「そ、それは、内緒」
「ないしょ?」
「うん」
「美代子が言えないことなら、無理には聞けないな」
「いや大した話はしてないよ。でも、なんでそんなことを聞きたがるの?」
「うん、なんだか気になっちゃって…」

真琴はシュンとしたような顔をして、私から目を背けた。

「美代子が、俺以外の誰かと話をしているだけで気になるよ」

テンション低めのその言葉を聞いた時、さっきの渚くんの台詞が蘇ってきた。「マコちゃん、絶対美代子ちゃんのこと好きだから」というやつ。
いや、そんな、まさかね。

「…えいっ」
「うえぇっ!」

真琴が少しさみしげな笑みを浮かべて、私の両頬をびよーんと伸ばしてきた。
相変わらず、痛みはない。
けれども、胸の奥がじわりと溶ける感覚がした。この気持ちはなんだろう。


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