「美代子ちゃん」
「あ、真琴くん」
海で上半身だけぷかぷか浮かしている美代子ちゃんに思いっきり手を振る。美代子ちゃんも振り返してくれて。なんだか嬉しくて俺は海まで小走りをした。彼女の姿を見ると、ばかみたいに気持ちが弾む。
「また来ちゃった」
「うん。ありがとう」
退屈だったから嬉しいー。と、美代子ちゃんは軽く泳ぎながら言う。
「なんか美代子ちゃん、今日は雰囲気が違うね」
「あ、それはね、多分貝殻を変えたからだよ」
「貝殻……あ、あぁ」
彼女の胸をガードしている、二枚の貝殻。いつもは白い貝殻だったけど今日はピンクの貝殻だった。自分から雰囲気が違うと言い出したものの、反応に困る。
「ねぇ真琴くん、今日は何をする?」
「あ、そうそう。美代子ちゃんの大好物を持ってきたんだよ」
「えっ。ま、まさか」
「そう!納豆だよ」
「なんと…」
ビニール袋に入っていた納豆のパックと割り箸を取り出して見せると美代子ちゃんは、ぱあっと光り輝くような笑顔になる。
「練ってあげるね」
こくこくと夢中で頷く美代子ちゃんが面白くて、少し笑ってしまった。納豆のパックを開けてそこに付属の調味料をいれて割り箸で練り込む。
「はい。できました」
「わあ、ありがとう」
美代子ちゃんは納豆と割り箸を受け取り、もぐもぐと食べ始めた。糸が空中に浮いて光っているのが見える。
「おいしい?」
「うん!」
「それは良かった」
「真琴くんは、あれだね」
「なに?」
「お母さんみたい」
「おかっ…」
それは喜ぶべきなのかな。いやむしろ落ち込むべきか。お母さんってもう男にも見られてないし。
…でも、納豆を平らげた美代子ちゃんはにこにこして幸せそうだし、まあいっかという気分になった。
「という夢を見たよ」
「立場逆転か。人魚も眠る時に夢を見るんだね」
美代子ちゃんが会いに来てくれて嬉しくて、勝手に尾ひれがひらひら揺れてしまう。
「人魚の私、どうだった?」
興味深そうに、美代子ちゃんが聞いてくる。
「うん、楽しそうだったよ」
自分で言っといてなんだけど楽しそうってなんだ。ここで「可愛かったよ」とでも言えればいいんだけど。俺の性格的にそんな気障なことは言えない。
できたら、言いたいけど。