「美代子先輩!」

可愛らしい声が私を呼ぶ。ふと見るとドアの所に江ちゃんがちょこんと立っていて、私を手招きで誘っていた。席を立ち上がり、江ちゃんの元までふらふら歩く。

「どうしたの、江ちゃん」

彼女の顔を覗き込んで問うと、私を見上げて困ったような顔をした。

「あのですね、」
「何かね」
「水泳部でのことなんですけど、真琴先輩の元気がないんです」
「え?…それをなぜ非部員の私に」
「美代子先輩、真琴先輩に何かしませんでした?」

江ちゃんはくりくりの瞳でじいっと私を見上げる。彼女が言っているのは、ストーカー行為のことだろうか。
何かしませんでしたと聞かれてみたら、今まで数え切れないくらいに何かをした気がする。
とにかくひたすら彼を見続けた。彼の私物に触ったりとかそういうことはしてないけど、誕生日とか下駄箱がどこにあるかとか家族構成だとかは勝手に調べて記憶した。

「最近では好きな食べ物がスルメイカと知って意外に渋い趣味をしているということを把握したかな……いやもうそういう調査をしたりじっと見続けたりするのは辞めたんだけどね」
「えっ、美代子先輩、真琴先輩のこと見るのを辞めたんですか!?」

あ、そこに驚くのか。

「うん。真琴くんの迷惑になるし気持ち悪いだろうから辞めた」
「ああ…だからですね」
「何が?」
「だから真琴先輩、元気がないんですよ!すっごいへこんでるんだから!」
「え?何で?むしろ喜ぶでしょ」
「違います!美代子先輩は真琴先輩の気持ち、分かってないんです」

何を分かってないんだろう。だめだ、考えても私には分からない。一体全体この子は何を言っているのか。

頭の中にはてなマークをたくさん浮かべていると、チャイムが鳴った。

「教室に戻りますが、その前に聞かせてください」

江ちゃんがビシッと私に指を差し、顔を近づけるように背伸びをする。

「美代子先輩、真琴先輩を見るのを辞めるって言いましたけど、辞められないとかないですか?」
「あーあるある。よく分かるね」
「それ、きっと真琴先輩のことが好きなんですよ。恋愛的な意味で」
「あーなるほど………え?」

背伸びをやめ、にっこりイタズラっぽく笑ってから、彼女は走り去っていった。
真琴くんのことは好きだけど、恋愛的な意味って、なに?


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