放課後、スーパーに行くと同じクラスの橘くんに会った。
「橘くん。こんばんは」
「え、あ、あ…田中さん」
わたわたとしながらも橘くんはこんばんはと言ってくれた。ピーマンを持つその右手が微妙に震えているのはいきなり現れた私に驚いたからなのかな。
「家のお使い?」
「いやハル……あ、七瀬があまりにも鯖ばっかり食べるから、俺が何か別のものを作ろうかなと思って」
「へぇー!」
橘くんと七瀬くんは幼馴染で仲良しなのは知ってたけど、七瀬くんの食事の面倒まで見るとは。
橘くんはえへへと頬をかき(かわいい)、瞬きをして私をじぃっと見る。
「えっと…田中さんは、どうして?」
「私はスルメイカを買いに来たの」
「すっスルメイカ?好きなの?」
「え…う、うん」
もしかして引かれただろうか。と思ってたら急に距離を縮められた。彼の手はピーマンを持ったまま。
「俺も大好きなんだ!おいしいよねぇ」
「え、あ、はい。おいしい…よね、うん」
戸惑うことしかできなかった。橘くんのこのスルメイカへの愛にとても驚いた。スルメイカが大好物なんて、なんとも渋い趣味をしてらっしゃる。私も好物だけど。
「あっ、ごめんね…」
距離が近すぎたと感じたのか、橘くんはすすすと後ろへ下がった。ピーマンを持ったまま。
そして腕時計を見て、あっと声をあげる。
「やばい。もうこんな時間だ。ハルに怒られる」
夫婦みたいだなぁ、と思ったけどさすがに口には出せない。橘くんはえへへと私に笑いかける。
「俺、もう行くね」
「うん」
「田中さんに会えて、良かった」
「え?」
「また、ここで会えるかな…?」
少し小さな声で橘くんはそんなことを言った。
「明日、学校でなら会えるんじゃないかな。クラス一緒だし」
「うん。それはそうなんだけど、またここで君と会えたらいいなって思って…」
「え」
「あはは…俺、なにいってんだろ。ごめんね、田中さん。また明日」
橘くんはと左手を振り、早歩きでピーマンを右手に持ってレジへと向かった。
…ピーマンだけを買うのか。