迂闊だった。 完全に迂闊だった。 私が今迄花宮と生きてきたこの数十年を総て無に帰すような軽率な行動をしてしまった。 もう一度言う。 完全に、完璧に、私が表現できる総てを以てしても、迂闊であった。 「おい」 地を這うような花宮の声はいつの間にか私の首を絞めていた。 「は、なみや」 どうしよう。花宮の眼を直視することが出来ない。 理由なんてとっくの昔(といっても最近の話なのだが)に分かっていたのだ。 「お前……」 遡ること昨日。 そう昨日の話なのだ。 花宮の機嫌が悪くなってしまったのは、私が迂闊な行動を取ってしまったのは、すべて昨日の話なのだ。 いっそのこと昨日と言う日が消滅してしまえば良いとおもう。 そうすれば私はこのように花宮から蛇に睨まれたような蛙だか兎だかのような思いをする必要もなくなる。 そうだ、昨日を消してしまえばいいのだ。 私って天才!! という冗談は置いておくことにするが。 「花宮って、何を貰ったら喜ぶんだろう」 霧崎第一高校男子バスケットボール部の部室にて、部長の花宮が不在時に、私はそんなことを問うた。 「思い浮かばないな」 古橋がそういうと他の部員も納得の声を上げた。 原に到っては「ってか喜ぶなんて感情あんの?」と可笑しそうに笑っていた。 確かに、と納得してはいけないところなのだが、本当にその通りなので感心してしまっていたのだ。 そんなことを花宮の前で口にしたらきっと陰湿な嫌がらせに遭う事この上ないだろう。大体想像出来てしまうところ、結構長い時間彼と過ごしてきたのだなあ、としみじみ思う。 私と彼は、所謂幼馴染みというやつだ。 それにも関わらず、やはり彼の好みというのはあまり把握できていない。 よく本を読んでいる姿を見るが、どんなジャンルを読んでいるのかすら分からない。 一度だけ聞いてみたことがあるのだが、いい感じにはぐらかされてしまった。 まあ、あの花宮に限ってファンタジーものを読んでいたりはしないだろうが。 もしもそんなことがあれば、私はそれについて彼を一生詰り倒すことが出来るだろう。あれだ、メシウマとかいうやつだ。 「というか何でいきなり花宮の喜ぶものなんだ?」 帰り支度を大方整えたらしい山崎が問う。 待ってました。待ってた。私はその問いを渇望していたよ山崎くん! 「よくぞ聞いてくれました!」 何を隠そう私は、ここ数年、 「花宮の喜ぶ顔を見たことがない!!」 ここ数年、というのは幼少期の頃の彼はカウントにいれなからだ。 小学校の高学年、いや中学に上がってからだったか、彼はがらりと変わってしまった。 なんというか、すごく大人びたのだ。 丁度そういう時期であったのだろうけれど、私は一人取り残されたようで、少しだけ悔しかったことと寂しかったことを覚えている。 そして、その頃から、彼が心の底から純粋に笑う顔を私は見たことが無かった。 「そうか。まあ確かに、見たことないな」 「でしょ! だから、花宮を喜ばせたい!」 私のその言葉を契機に、部室内は賑やかになった。 普段ラフプレーが多く周りの高校から嫌煙されがちな彼らだが、結束力は強いと私は信じていた! 流石だみんな! そこからの行動は早かった。 私たちは速やかにショッピングモールに行き、花宮の喜びそうなものを手当たり次第に探していった。 勿論邪念も入ってきて、途中からは殆どお巫山戯だったのだが。 そこで騒ぎ散らした結果、私たちが選んだものにすべての諸悪原因がつまっているのである。 冒頭に戻ろう。 花宮が持っていた、というか私が手渡したその「ブツ」は、所謂「ゴム」である。勿論、性的な意味で。 私が渡せばとんだ誤解が生じると承知の上で私が、もう一度言おう、私が手渡したのだ。 これは他の部員(主に原)の陰謀である。 それを買った当初、私たちは誰が花宮に渡すかで揉めた。揉めた結果、じゃんけんで決めることになり、原が謀ったのだ。謀ったな、原。 「は、なみやさーん……?」 眼前にいらっしゃる花宮の真意は読みとれないが、怒っていることに多分間違いはないのだろう。 雰囲気的にも喜んでいる感じはない。 それでも、私たちが悩みに悩んで(巫山戯に巫山戯て)買ったものなのだ。少しは喜んでくれてもいい。 「お前、」 漸く花宮が口を開いた。 地を這うような声がして、すこし体が竦む。 「ご、ごめ」 ごめん、とは最後まで言えなかった。 否、言う前に塞がれたのだ。 唇にある生暖かい感触。紛うことなく、花宮のそれだった。 するり、と離れた後、ニヒルに笑った花宮が少しだけ楽しそうに見えた。 「そんなに俺に抱かれたかったのかよ」 「え」 校舎には私の断末魔が聞こえたとか聞こえなかったとか。 結論、踏み出せば私たちは壊れるようです。勿論、幼馴染みという関係が。 (お前から誘ったんだろ) (滅相もない! こっちこないでええええええ!!!) (俺のこと、嫌いか?) (えっ、) (俺は好きだよ) (えっ) ------------ 無意識に迫ったらしい女とその気になって迫る男。 サイトのほうに後日談も御座いますのでそちらもどうぞ。 素敵な企画に参加させていただき、有難う御座いました。 |