×
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -












主従

「さぞ美しいことだろう」

この完成された芸術を破壊し、儚く燃えていく様子というものは。東大寺。大仏殿に立つ久秀は目の前の巨大な仏像を見上げながらそう言った。その傍で控える創痍は、『そうだねぇ』と答えて久秀の後姿をじっと見ていた。未だに創痍は、久秀の美しいと感じる対象が分からなかったが、彼が美しいと感じるものならば、不思議と自分にも美しく見えてきた。

「創痍」
「ん?」
「右目が来る」
「うん」

久秀は後方を見やり、創痍と目を合わせた。珍しく真剣な表情をしている創痍は分かってるよ、と言って久秀の元に歩み寄る。

「ねえ、大丈夫?」

一人で、と言いもしないうちに、久秀は馬鹿にするな、と言って創痍を睨みつけた。一瞬不安げな表情を見せた創痍だったが、久秀の言葉に口をつぐむ。

「…そう、」

それ以上何か言ってしまえば、久秀の機嫌を本格的に損ねることになる。久秀の下について、もう随分と経つ。創痍は目を伏せて、その場から半歩下がった。久秀から自分の持ち場に着くようにと言われると、創痍はすぐにその場から離れた。

「誰だ…?!」
「小十郎さんだけでも大変なのにさぁ…君がいるってどういうこと?」

小十郎一人を相手に松永軍は圧されていた。創痍が向かった頃には既に小十郎が突破した後で、代わりに創痍が見つけたのは、数人の部下を連れた伊達軍の総大将の政宗だった。見過ごすわけにもいかず、創痍は彼の前に立ちはだかり、政宗を睨みつける。

「松永の忍か…お前が俺を足止め出来るようには見えないが」
「どうかな。楽しんでもらえると思うけどね」

六爪は久秀が奪った為、政宗が持つ刀は一本だけだった。その刀を構えられ、創痍も彼の武器である小刀を両手に一本ずつ構えた。政宗の殺気が創痍を刺激する。創痍は彼の血の沸き立つ感覚に震えた。

「かかっておいでよ」
「言われなくてもっ…!」

政宗が地面を蹴ると同時に政宗に向かった。政宗の刀を創痍の小刀が交わる度、ひどく激しい金属音が絶え間なく響く。政宗の刀はまるで青い雷を纏ったかのように、激しく煌いていて、創痍は美しいと感じると同時に、恐怖を感じた。奥州筆頭、その名に恥じない政宗の圧倒的な力に呑み込まれそうだと。まるで龍のようだった。

「ちっ…」

一方政宗は、他軍の『たかが』忍にここまで手古摺らされることに苛立ちを隠せなかった。政宗の速い一撃一撃を受け止めることや、それを受け流すことは普通の兵では出来ない。更に、何よりもそれを無傷でやって退ける創痍の、一見しただけでは計り知れない実力に目を見張る。しかし、創痍から政宗に攻撃をしてくることは無かった。創痍の表情と態度は明らかにまだ余裕があることを感じさせさらに政宗を苛立たせた。

「本気出してねぇだろう、お前!」
「どうかな?」

創痍はそう答えると、政宗と刀を交えた場所から少し離れた場所に遠退いた。次の瞬間、創痍が印を結ぶとその場にもう一人の分身を作り出した。驚き狼狽える伊達軍の兵らに政宗は喝を入れた。
たとえ本気で戦ったとしても、確実に政宗に勝つことが出来るという自信が創痍には無かった。このままではおそらく小十郎が久秀にいる大仏殿に達してしまうと予想して、分身に政宗の足止めを任せて創痍はその場から離れることにした。

「あんまり政宗君と遊んでられないんだ…ごめんね、それじゃあ」
「待て!」

政宗は、姿を晦まそうとする創痍の後を追おうとしたが、創痍の作り出した分身に行く手を阻まれ再び刀を交えることとなった。

「あの野郎!」


「久秀…!」

創痍が再び大仏殿に戻ってくる頃には、久秀の元にも松永軍の戦局が不利になっていることが知らされていた。その場に血相を変えて飛び込んできた創痍を見て久秀は目を見開く。

「創痍」
「向こうの総大将も来てるしっ・・・どうなってるんだよ、もう、」

いつもは柔らかい笑みを浮かべている創痍の表情は崩れ、眉間には皺がより、明らかな苛立ちを隠そうとしない様子から、彼には余裕がないことが読み取られた。創痍がこのような姿を見せることは滅多にない。親指の爪をぎりぎりと噛んで、ぶつぶつと独り言を呟く創痍の姿は、小十郎を相手取る伊達との戦で、松永軍が不利な状態にいることを示していた。

「落ち着きたまえ創痍」
「でも…!」
「そう取り乱すな」

久秀に諭されると、段々と落ち着きを取り戻してきた創痍だったが伊達に対する敵意と殺気は剥き出しのままだった。そのときだった、

「松永!」
「!」

大仏殿の扉を破壊して政宗と小十郎の二人、そして久秀らが拘束していた伊達の兵士達が現れた。それを見て久秀は口角を吊り上げて笑うと、その場から数歩先へゆっくりと歩んだ。創痍は久秀の後ろ姿をじっと見つめながら、刃を交えるのはいまか、いまかとその時を待った。びりびりと肌を刺激するような殺気が支配するその場は、普通の兵たちでは立つのがやっとであった。次の瞬間、ぱちん、と乾いた指を鳴らす音が響いた瞬間に、大仏殿の建物が爆発と共に破壊され、壁の裏に隠れていた松永の兵たちが一斉に奇襲をかけた。そこら中から煙と火の手が上がる中、伊達の兵と松永の兵が刃を交える奥で、ついに総大将が対決を始めた。刀を抜く久秀に、小十郎と二人掛かりで応戦しようとしていた政宗を、背後から創痍が襲った。風を斬る音が聞こえ、ただならぬ殺気を感じた政宗は後ろを振り向き、自分の首を狙った刃を弾き返した。

「さっきの!」
「君の相手は俺だよ」

政宗様、と小十郎が叫ぶ声が聞こえたが、政宗はそれを無視して創痍に刃を向ける。自分を愚弄したこの男を仕留める絶好の機会である。逃がすわけにはいかなかった。

「Are you ready?」

挑発的にその言葉を言えば、南蛮語が分からない創痍でも雰囲気を感じ取ったのか、ひどく政宗を睨みつけて彼の両手に小刀を構えた。政宗の言葉を合図に、創痍は再び勢いよく政宗に斬りかかった。

久秀が指を鳴らすと、大仏殿にしかけた火薬が次々に爆発し、建物はいとも簡単に壊れていく。爆発に巻き込まれた兵士や、戦闘が不可能になった兵士らも次々と倒れていく。惨憺たる有様だった。それを後目に戦う小十郎も政宗も互いを助ける余裕もなく、そして久秀と創痍もまた同じだった。先程政宗に応戦したときとは違い、完全に敵意を向き出しにし、速く鋭い一撃を何度も政宗に浴びせてくる創痍に政宗も刺激され、六つの刀を抜きたいところではあったが、それは久秀の元にあるために叶わなかった。

「ha,松永んトコに置いとくには勿体ねぇな!」
「うるさいなぁ!」

再び刀が交わったときに政宗がそう言った。重い一撃は、気を抜けばいつその刃が自分に降りかかってくるか分からない。剣圧がびりびりと二人の腕を刺激する。刀はぎちぎちと聞き苦しい音を立てていた。そのとき政宗は初めて創痍の顔を間近に確認した。闇に溶けそうなほど暗い黒髪、宵のような青い目、左耳だけについている銀細工の耳飾り。一瞬目にしただけだったが、政宗は驚愕した。この特徴的な容姿をした一族のいる里、それは十数年前に滅亡したはずだと聞いたことがある。しかし、その特徴に当てはまる男が松永の配下にいる。一体どういうことだ、と思ったその時だった。
創痍の視界に飛び込んできたのは、小十郎に傷を負わされた久秀の姿だった。久秀はふらりと二、三歩後ろによろめき、再びまた一撃を加えようとした小十郎を見て創痍が叫んだ。

「久秀ぇっ!!」
「余所見すんじゃねぇ!」

隙が出来た創痍に、政宗は容赦なく斬りかかった。

「ぐっ…!」

よろめいた創痍に再び攻撃する。体勢を立て直そうとする創痍の右肩に斬りかかると、傷口から血が噴き出した。創痍は傷口を反対側の左手で押さえ、自由の利くもう片方の手で小刀を構えて、未だ政宗に応戦しようとするが、止まらない血に体が悲鳴をあげ、地面に片膝をついてしまった。地に膝をついた創痍を一瞥して、何も言うことを無く政宗は小十郎の元へ加勢しに走った。

「くそっ…!止まれっ…止まれ!」

斬られた傷口を左手で押さえ、流れてくる血を止めようとしたが創痍の思い通りなるはずも無く、どくどくと血が流れていった。体も貧血のせいか思うように動かない。早く久秀の所に行かなければ、彼を守らなければ。彼が傷つけられる姿を目にしても動かない自分の体に創痍は怒りが抑えられない。やっと立ちあがり、ふらつく足取りでなんとか三人の元へと向かう。片手には小刀が握りしめられていた。

「ひさ…!」
「…屍は残さない、そう決めているのだよ」

政宗と小十郎から少し離れたところで、高く手を掲げた久秀の姿を見て創痍はその場から飛び出した。それは、大仏殿で一際大きな爆発が起こり、久秀がその場から姿を消したのと同時のことだった。