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鴉と犬

「もうやだ…」

あれから数日経った。創痍が一方的に久秀と仲違いをして、無論その後に久秀が追いかけてくることは無かった。それから創痍に対し、久秀から何か音沙汰があるはずも無く。創痍は意図的に彼を避けていたので、久秀の顔をもう数日見ていなかった。しかしその一方、心の奥で、久秀が自分の元に来てくれるのではないか、という夢のような甘い期待もしたが、そのようなことはあるはずも無かった。久秀が何も言わない、ということは、風魔が代わりに任務を遂行しているのだろう。悪いのも、大人になれないのも、全て創痍だった。彼の中では、それを分かっているつもりだった。しかし、久秀が自分以外の人間が、自分と同じ契約を結んだことがどうしても許せなかった。

「恋人なのに…」

創痍は畳の上に寝転がると、ぽつりとそんなことを呟いた。他からみたら自分はなんと女々しい男だと笑われることだろう。頭の中に思い浮かぶのは久秀のことばかり。泣きそうになって、ふっと目を閉じた。しかし、その次の瞬間だった。

「!」

背に鋭い殺気を感じ、慌ててその場から飛び退いて自らの武器である小刀を構えた。先ほどまでいた場所には、苦無が突き刺さっていた。

「風魔…!」

創痍の目の前にいるのは、今彼が最も頭を悩ませている原因を作った張本人だった。相変わらず風魔は無口で、何をするわけもなくその場に腕を組んで立っている。警戒してしばらくは無言の状態が続いたが、最初の一撃以外、風魔は創痍に攻撃しようとする素振りを見せないので、創痍はようやく口を開いた。相変わらず武器は構えたままだったが。

「何しにきたの?!久秀のとこに戻れば?!」

創痍は怒りの赴くまま、風魔に当たり散らしたが、風魔はそれに対して何かを感じているような様子もなく、変わらず無表情のままでそこにいた。その態度が余計に創痍を腹立たせた。その後も創痍が何を言っても風魔は帰る様子もなく、そこに居続けた。何を言っても無駄ということにようやく気付いた創痍は風魔に八つ当たりをするのを止めて、不貞寝を再開することにした。それにしても、なぜ風魔が創痍の自室を訪れたのかが分からない。創痍は彼に理由を尋ねることにした。

「ねえ、なんで俺の部屋に来たの?」
「……」

やはり答えは無かった。
「君が伝説の忍だなんてね…」
「…」
「俺のこと殺さないの?」
「…」

畳の上に寝転がる創痍のすぐ傍で、風魔はようやく正座をして座った。ほとぼりがさめた創痍は、風魔と会話(といっても一方的だが)する余裕が出てきたようだった。創痍は、じっと風魔の兜の下の素顔を見ようと覗いてみたが、確認することが出来なかった。

「兜とっていい?」

半ば投げやりな気持ちでそう尋ねたが、風魔からは肯定も否定もなかった。相変わらず無言を貫いている。

「もしかして口がきけないの?」

これも相変わらず無反応だった。創痍は風魔の正面に座ると、そっと彼の兜に手をかける。無抵抗を良い事に、それを脱がしてみた。

「わ 」
「…」

目を隠すように伸ばされた長い前髪。風魔の髪は赤毛だった。創痍自身もあまり見る機会がないようなその色に、思わず感嘆の声を漏らす。その長い前髪を掻き分けると、彼の瞳が見えた。

「綺麗な目」

創痍は、面白い玩具を手に入れた稚児のように、何の遠慮も無くぺたぺたと顔を触っているのにもかかわらず、風魔は身動き一つしなかった。ほんの先ほどまで、風魔の顔を見ることすら拒絶した創痍だったが、今は嫌悪感を抱いていなかった。

「ごめん…八つ当たりしちゃって」

これにも相変わらず無反応だった。しかし、風魔の目は先ほどと違い、創痍の目をじっと見つめていた。

「へんだねぇ、風魔って」
「…」

その時だった。風魔の口が開いた。声は聞こえない。しかし彼の口は『戻れ』と動いた。創痍はすぐにその意図を察することが出来た。彼が言うのは、久秀のところへと戻れということだろう。創痍は風魔の顔から手を離すと、気まずそうに、こう言った。

「久秀怒ってるかな…怒ってるよね…」

風魔は兜を被り直すと、創痍が目を離した瞬間に、その場からいなくなっていた。その場に一枚の黒い羽根を残して。

「仲直りさせに来てくれたのなぁ」

創痍はその羽根を手に取ると、一人取り残された部屋でぽつりと呟いた。誰に聞かれるわけでも無く、その言葉は空に消えていく。創痍は立ち上がると自室を後にして、久秀の元へと向かった。