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知らない真実

「六の刀」

下弦の月が浮かぶ晩。奥州まで出向いていた創痍の報告を聞いた久秀は、伊達政宗が持つ刀の名を呟いた。欲しいものを見つけた子供の如く、久秀の目は爛々と光る。久秀の声色はこれからそれを自らの所有物に出来るであろう期待を匂わせた。久秀がすっと目を細める。その表情を、見逃すことなく、じっと見ていた創痍は久秀の次の言葉を待った。
「創痍、分かっているだろう―?」
「もちろん」

久秀が瞬きをすると、その場から一瞬にして創痍は消えていた。黒い影を纏い、その場に彼の香りを残して。久秀は満足そうに、くつくつと笑って、その部屋から去っていった。


「今晩は」
「何だお前?!」

奥州への帰路につく伊達軍兵士達の前に突如として現れたのは顔の半分を黒い布で隠した創痍だった。目の前に飛び出してきた怪しげな男を、一つ罵ってやろうと馬を止め、刀を手に彼の周りを囲む。口々に創痍へと罵声が浴びせられた。創痍はその言葉も大して気にもせず、悠々と口を開く。

「相変わらずお行儀が悪いんだねぇ」

顔に薄く笑みを浮かべた創痍だったが、目は笑っていなかった。創痍の異常、とまではいかないが、明らかに只者では無いという雰囲気を察した兵士達は、鞘に納めていた刀を勢いよく引き抜いた。兵士の数は創痍一人に対して六人ほど。

「あんまり体力消耗したくないんだけどなあ」

自分が敵意を露わにした者たちに囲まれたにも関わらず、創痍は未だ口元だけは笑っていた。武器を構えもせず、楽しそうに兵士達を見回す姿は、兵士らにとって薄気味悪かった。調子に乗るなよ!と一人の兵士が叫び、それと同時に創痍に斬りかかった。創痍は刀が自分の目前を過ぎるのを見極め、自分は武器を出さずに、攻撃を回避しただけだった。驚く兵士達をよそに創痍は、やっと懐から苦無を取り出すと、それを構えた。

「全力でおいでよ」

挑発めいたその言葉は、兵士らを激情させるには十分だった。怒号が飛び交い、勢いよく振り下ろされる刀を創痍は片手の、苦無一本だけで次々と弾き、受け流す。襲い掛かってくる兵士の腹を蹴り上げ、片方の苦無を持たない手は別の兵士を殴り、失神させた。最初は勢いよく襲いかかって来た伊達軍の兵士たちだったが、その一瞬で創痍は半分の兵士を倒した。残っている兵士達は、圧倒されたのか、刀を握ったままぶるぶると震えている。その様子を見て面倒になったのか、創痍は心底つまらなさそうな顔をすると、懐から煙玉を取り出すと、残りの兵士達の足元に向かって勢いよく投げた。特殊な香などを混ぜたそれは、吸い込むと間もなく失神をしてしまう。それを吸い込まないように、創痍はその場から少し離れて煙が消えるまで様子を見ていた。煙が晴れる頃には、逃げる間もなくその場でばったりと倒れてしまった兵士らが地に伏していた。

「あ―…しんどいなあ…」

ぴくりとも動かない兵士達を見て、創痍は大きくため息をついた。首を横に動かしてみると、ばきっと音がする。知らぬ間に疲労
が溜まっていたのだろうか。と創痍は思った。しかし、その次の瞬間に創痍は、後手に向かって苦無をを投げつけていた。鋭い金属音の後に、苦無が地面に突き刺さる鈍い音がした。

「誰」

創痍は振り向いた。突き刺さるような殺気。そして次の瞬間、巨大な烈風と共に木陰から何か大きな影が飛び出してきて、創痍に襲い掛かった。先程まで使っていた苦無を捨て、創痍の両手には、今まで隠していた小刀が握られていた。その二本で巨大な手裏剣を受け止めると、火花が散った。両腕にかかる凄まじい圧に、思わず創痍は唸り声を漏らした。自分に襲い掛かった相手は顔の半分を隠した赤毛の忍。鼻から下しか確認が出来ないため、表情を読み取ることは出来なかったが、おそらく彼の雰囲気は虚無と表すのが最も適していた。創痍は巨大な手裏剣を弾き返すと、互いにその場から飛び退き、牽制し合った。その場に散る黒い羽根。まるで、声の一つも漏らさない、人間味を感じさせないこの男。創痍が確認できるのは、男の容姿と、その僅かばかりの手がかりだったが、思い当たる節があった。この男は、

「風魔小太郎…」
「…」

返事は無かった。男は黙って腕組みをしている。会話をするつもりも無いようだ。黙っていることのほうが難しい創痍にとっては、あまりこの男に良い印象を持たなかった。しかし、確信が無いとはいえ、自らを目にした者は誰一人と残さず、始末してしまうという、あの風魔小太郎を目の前にしている。油断はならなかった。

「無言っていうのは肯定ってとってもいいのかな…こんなとこで何して…って、えぇっ?!」

次の瞬間には創痍の目の前に居た風魔と思しき男と兵士達は、黒い羽根を残して皆消えていた。まるで狐にでもつままれたような気分である。しかし、その瞬間に、創痍の背に冷たいものが流れた。

「嘘、横取りされちゃった…?」