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大事な言葉は先送り

松永軍の忍である創痍は、人知れず西へ東へと奔走している。各軍の偵察や命じられた者の暗殺、更に情報収集をし、手に入れたものを久秀に届ける。天下獲りに名乗りをあげない久秀にとって欲しい情報と言えば芸術品や宝のことが主だった。ただ、今日久秀の元に帰ってきた創痍の様子はいつもと違い、目をきらきらと輝かせていた。

「たっだいまー」
「騒々しい」

久秀の自室に入ってきた創痍は、脇目も振らず、一目散に久秀の元へと駆け寄り、思い切り抱きつこうとしたが、無論、久秀に足蹴りされ為す術も無く畳の上に伏した。

「ぐふっ」
「妙なことをしてくれるな、馬鹿犬。何かあったのか」

久秀にいじめられたぁ、と言い畳の上でごろごろ転がりながら嘘泣きをする創痍を、久秀はもう一度足で踏みつけると彼もようやく観念したようで、ごめんなさいと言ってきちんと座りなおした。

「それで」
「あ、そうそう。あのねー、今回も色んな軍を見て回ってきたんだけどさ、みんないつもと違うんだよ」
「何か変わった動きでもあったのかね」
「違うの、服が!」

服が違ったんだよー、と言う創痍。久秀は全くもって意味が分からない。

「言っている意味がよく分からないな」
「だから、なんて言うのかな、皆いつもの甲冑とか、衣装じゃなかったっていうか」

創痍はそう言うと、指を一つ一つ折りながら、次々と例示を述べ始めた。

「市ちゃんは太ももが見えてる可愛い桃色の着物だったしい、光秀さんは黒い紐が体中に絡まってる思い切った衣装でー」
「卿はどこを見ているのだね…」

肝心な情報収集の報告よりも先に、他軍の普段とは違う衣装に関して報告をする創痍に久秀は呆れていた。知りたいのはそのようなくだらないことでは無いのだ。

「だからね、ほら、うちもそういうの作ろうよ」
「何?」
「久秀はいつもあの陣羽織だからさ、他のを着てみるとか」

面倒だが適当に相槌を打ってやる。いつものことだ。

「ふむ、では何か名案はあるのかね、創痍?」
「あります!浅井夫婦のいちゃいちゃっぷりに負けないために俺が黒の袴を着て、久秀が白無垢を…ぎゃー!」

思った通りだったが、まともなことを言わない創痍に久秀は頭にきて創痍を思い切り平手打ちした。これもいつものことである。

「これ以上ふざけるのであれば、爆死させてあげよう、創痍」
「ごめんなさい、今のは冗談だよぅ…」

奥州の小十郎ではないが、そろそろ堪忍袋の緒が切れそうだ。もとより創痍の持ってきたこの話は心底くだらない。

「それは?」
「何だ」
「久秀がいつもお城で着てる着物!」

着物の久秀も格好いいし、色気もあるし、いつもの久秀と違うからみんなも吃驚するよ!どう、名案だよね?と言わんばかりの得意げな顔を見せる創痍。創痍の、恥ずかしげもなく純粋にその本心から並び立てる、久秀を賞賛するような類の言葉は未だに慣れない。自然と顔に熱が集まるのを感じながら、創痍に気づかれないように、彼から視線を逸らして久秀は言った。

「これは駄目だ」
「何で?いいじゃん、濃姫さんも着てたのに!」
「駄目なものは駄目だ、…全く、くだらない」

ええ、これすごく名案なのに!とわめく創痍を久秀は部屋から閉め出すと、勢いよく襖をしめた。

「卿以外に見られたくないのだ、このような姿は」

ぽつりと呟いた言葉は創痍に届いたのか届いていなかったのか。