序章
大和の深い山奥。人の目に付かない場所にその屋敷はあった。日はとっくに暮れていたが、その屋敷の一室だけ小さな明かりが点いている。そこに二つの人影があった。
「いい加減退屈になってきたよ、この生活も」
「俺もちょーっとだけ思ってたんだぁ、鍛錬はちゃーんとしてるけど」
「血の臭いが恋しいかね」
ふう、と片方の男が煙管から吸った紫煙を吐いた。若い男はその質問に、はぐらかすような笑みを浮かべた。
「何もしないでいるのも面白味に欠ける・・・」
煙管を持つ男の言葉に、若い男は何かを期待するような面持ちで、次の言葉を待った。
「腕が鈍っていないといいが」
「じゃあ・・・!」
「卿を飼い殺しているのも気が引けるのでね」
若い男は布団からぱっと上半身を起き上がらせると、目を爛々とさせて向かいの男の顔を見た。
「久秀を見たみんなの顔がたのしみ!」
みんな、もう死んじゃったって思ってるだろうし、と付け加えて。久秀と言われた男はその言葉に顔をしかめると、若い男の額を手で叩いた。
「いたっ」
「口の利き方に気をつけたまえ、教育したはずだが・・創痍?」
「ごめんなさい・・・」
うなだれる創痍の顔を見て、相変わらずこの男は犬のようだと久秀は思った。
「地図を持ってきたまえ」
「はぁーい!」
その場から一瞬にして消えた創痍は、その後すぐ、また黒い影を一瞬、揺らめかせて現れた。手に持っているのは丸められた日本地図。創痍はそれを広げ、久秀の傍に小石と共に置いた。久秀はしばらく戦国の世とは一線を引いた場所にいたが、その間も創痍を使い、情報を常に手に入れていた。
「そうだね・・・まずは、」
此処だ、と、久秀が指差した場所は、二人にとって因縁のある人物が交戦している地であった。
つづく
*日本地図って・・・戦国時代にないよね・・・