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「顔色が悪いな、宮野」
「んー、そう?」
登校してきた創痍を見るなりかすがはそう声を掛けた。
「もしかして心配してくれてる?」
「な、っ、別にお前のことなど・・・!」
「あはは、ありがと」
大丈夫だよ、と行って笑う創痍を見てかすがもつられて口元が緩んでしまった。
窓際から二列目の、一番後ろが創痍の席だった。ぼんやりと黒板を眺めていると一人の教師が入ってきた。家庭科を専門にする前田まつ。体育教師の一人である利家とは鴛鴦夫婦と呼ばれている。入学して日も浅いが既に彼女は皆から慕われていた。彼女が創痍の担任である。挨拶をして、今日一日の連絡をし終えると彼女は『今日も一日がんばりましょう』と言い教室を出て行った。
「 ・・数学」
授業開始まではまだ数分、時間が残っていた。鞄から教科書とノートを出して教師が来るのを待つ。昨日見た夢を未だに引きずっていた。ここ一週間見た中で一際リアルなもの。思い出すと吐き気がしそうで、創痍は目を瞑った。
やがてチャイムが鳴り、皆慌てて席へと着いた。創痍はちらりと元親の席を見たがまだ彼は登校していなかった。
「あ、」
教室に入ってきた教師を見て創痍は思わず声を漏らした。
入学式のあの日、出会ったあの男。
(数学の先生なんだ)
彼はゆったりとした口調で短い自己紹介をした。初老のようだったが顔立ちは整っていて、全く年齢を感じさせないような振る舞い。創痍は彼のことをじっと見つめながら昨日のことをやはり思い出していた。
「松永だ、よろしく頼むよ」
(まつなが先生って言うんだ、)
(あの人はまるでずっと前から俺のことを知っているみたいに)
(俺はあの人を見て泣いちゃって、)
あの時のように心臓が少しずつ早くなる。どうして、どうしてこんなに。
「教科書を開きたまえ、10ページから・・・・」
自己紹介が終わると間髪入れずに彼は授業を始めた。他の教師とは違い、生徒の自己紹介も聞かずすぐ授業に入ったことに戸惑ったのか若干名の生徒がざわついた。すると久秀はその生徒達に目を向け、
「無駄口を叩くなら他所でやってくれたまえ、目障りだよ」
と言って教室の空気を凍らせた。
「何なんだあの先生!」
「怖いよねぇ・・、」
授業が終わって久秀が教室から出て行くなり生徒たちからは口々に不平不満の声が漏れた。かすがが横を見るとそこにはぼんやりとしている創痍がいた。
「宮野?」
「んー?」
「どうした、お前変だぞ」
「先生俺のことみてくれなかった、」
「はぁ?」
そう言ってばったりと机の上に突っ伏す創痍をどうしていいか、かすがには分からなかった。
ふと創痍が制服のポケットに手を入れると柔らかい布の感触があった。何も入れていないはずなのに、とそれを引き抜くと皺になったハンカチが入っていた。
「あ」
松永先生のだ、入学式のときに貸してもらった。その瞬間、再び彼に会う口実が出来たと。帰ってから洗濯して、それからアイロンもかけようだなんてことを思った。
「えへへぇ・・・」
色んなことを聞こう、会ったばかりだけれど、こんなにもあの人のことをしりたいと思うなんて。今までこんなことがあっただろうかと創痍は不思議に思うと同時にとても浮かれた気持ちになった。
「気持ち悪い・・・」
一人で落ち込んだりにやけたりする創痍をかすがは隣の席から眺めて眉をしかめそう言った。
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(明日がこんなにも楽しみ)
つづく
相変わらず話が進みません
そして季節はずれ