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溢れてくる愛しさに

有り得ない話だが、前世の記憶がある。

生まれる前は自分は戦国武将であり、戦国の梟雄と呼ばれた男だった。最期は主君に謀反を起こして自分の城で自爆した。まるで妄想。頭がおかしいのかと思ったが小さい頃からその記憶を持っていた。どうしようもない。

信じられないのはいつも自分の傍には自分の家臣である忍が居て、その男と恋人関係にあった。男同士、なのだけれども。名前は創痍という。
最期を共にした時、創痍の「またね、」という言葉が忘れられない。
何よりも、記憶の中にいる創痍のことを、まだ自分は愛しいと思う。女々しい話だが、彼もまた、この世に生まれ変わっているのだと、信じている。

いつも頭には創痍のことがあった。しかしいつまで経ってもめぐり合わない彼を諦めることもあった。若い頃は結構の数の女を抱いた、しかし結局は創痍のことを思い出し付き合いも長続きしない。自分は未だに創痍のことを愛している、とその度に気付かされる。


生まれて数十年が経った、しかし未だに創痍は見つからない。




「先生、入学式もう始まりますよ」
「分かっているよ、」

慌てて久秀にそう呼びかけるのはここ、桃山高校の教員だった。この学校に来てまだ一年目の新米教師だ。時間も気にせずゆっくりと茶を啜る久秀を見て彼女は慌てていた。すぐに行くよ、と言っても未だ立ち上がらない久秀に彼女は半ば呆れ気味にそうですか、と言うと走って講堂へ行ってしまった。久秀はその忙しい足音を聞きながら、小さなため息をついた。

「全く、面倒な行事だ」

長々とした校長の話や、新入生の挨拶や、どれもこれも形式ばった退屈なものばかり。座って聞いているだけでも眠くなってくる。教員としてそれはどうなのだろうかと思うが。
やっと立ち上がり講堂に向かうことにした。長い長い廊下を歩いていく。外は桃色の桜の花弁が散る。四月の初めだがもう桜の木の花の半分程は青い葉に変わっていた。

何度目の春だろうか、と久秀は思った。
春を何度経験しても創痍は姿を現さないで、自分は歳をとっていくばかりで。時間は昔のようにどんどん短くなっていく。もしかしたら創痍は最初から存在していないのかもしれない、それは前世の記憶、という名の自分の妄想であり、幻なのだ、と。そう考えると益々頭が痛くなった。


「 うーん・・・迷っちゃったなぁ」

先生になんていわれるんだろう、俺もしかして入学早々に怒られるのかなあ、

一人の青年が桃山高校の校舎の廊下を歩いていた。長い長い廊下。今日は念願叶って入学できた高校の入学式。講堂を探して歩いていたつもりがいつの間にか周りに人は居なくなり自分だけになってしまった。校舎に入ったのがいけなかったのだろうか。

「やっぱりチカと来ておくべきだった」

でもチカ、家に行ったら寝てるし。怒って置いてきたのが駄目だったんだ、と今更になって後悔した。チカというのは本名は元親といい、幼稚園の頃からの幼馴染で、高校までずっと一緒という腐れ縁の友達である。今はこの辺りでは有名な不良になっているのだが。
そのとき、彼は前から歩いてくる人影を見つけた。黒のスーツに白髪交じりの黒い髪。その容貌から彼はすぐにこの学校の職員だと勘付いた。助かった、と思いつつその人物に駆け寄っていく。


「 すいませーん、講堂ってどこに・・・」

彼の声に気付いた男は鬱陶しそうに顔をあげた。その瞬間ぱちりと目が合った。



「、 創痍」



溢れてくる愛しさに