「ひさひでせんせーっ!」
足に少し重みが走った。久秀が足元を見ると、彼の左足にぎゅう、と効果音が付きそうなほど引っ付いている園児がいた。
「お早う、卿は朝から騒がしいな」 「えへへー!」
園児は赤いチューリップの名札をしていて、それは園児が年中組であることを示していた。久秀の膝を少し超えるくらいの身長のまだまだ小さい彼は、入園式のときに一人ではしゃいで迷子になっていたところを久秀に保護されて以来、久秀に懐いている。朝、母親に手を引かれて保育園にやってくるなり久秀を見つけては久秀の足にタックルをかましてくる。全く痛みを伴わない可愛らしいものだが。 純真無垢な男の子ならば、同じ年の女の子を見つけてはちゅーをするなど、結婚するなどを言うものだが、その園児は違った。
「おれ、ひさひでせんせーと結婚する!」 「・・・・」
久秀にくっついてはそんなことばかりを言ってくる。きらきらした目でそんなことを言われては・・・。久秀はそんなことを思っていた。園児が高校生くらいの男子なら、彼の夢を壊すような一言を言ってやったものだが、久秀はどうも子供に弱かった。ひそかに自分に通じるものを感じていたから。
(まあ子供の戯れだ)
「そうかね」
久秀は毎度そう言って、彼のその言葉を流していた。園児はそのたびに恨めしそうな視線を久秀に向けてきたのだが、久秀はそれを見ないふりをしていた。
そのうち園児は保育園を卒業してしまった。卒業式のときに久秀の足元にくっついては涙をぼろぼろ流して号泣していた姿は中々面白い光景であったが、自分を慕っていた彼が卒業していくのは、わずかな寂しさを伴ったものだった。
それから十年経った。久秀はすっかりその園児のことも忘れ、毎日園児のために働いていた。その月は近くの高校生達が、職業体験の為に数人ほど保育園を訪れる時期であった。久秀はあまりその行事は好きでなかったのだが、やってきた高校生達をどうこき使ってやろうか考えるのは好きだった。
その日、事前挨拶にくる高校生たちを待つために久秀は保育園の事務室で待っていた。約束の時間になる十分ほど前。突然事務室のドアが開いた。驚いてドアのほうを見れば、そこには今日来る予定の高校の制服を着た見慣れない青年が一人、走ってきたのか息を乱しながらそこに立っていた。
「な・・・なんだね卿は、挨拶もなしに、」 「せんせっ・・!」
説教の一つや二つ、くれてやろうと思ったときだった。彼の顔を改めてみたとき、気づいたのだ。忘れていた記憶が鮮明に甦った。
「俺のこと覚えてる?」
へら、と笑った顔はあの園児にそっくりだった。
保育園のひさひで先生
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