朝、7時15分、台所。水滴のついたコップを片手にぼんやりと朝日を浴びる。
今日は晴天だ。とてもきもちのいい朝だ。いい天気、すがすがしくて、そう、晴れやかなのだ。


「…」


洗濯日和、散歩日和、昼寝日和。あれこれできることはたくさんあって、でもどれもやる必要は特にない。急がなくたっていい。アレンが幼さを残す寝顔ですやすやと眠るのを起こすのだって、まだはやい。きっと眠たそうな瞳でわたしをみあげて、あとちょっとと微笑んでから微睡んで、夢の中へとひとりダイブするのだろう。…かしゃん、コップがシンクとぶつかって音を鳴らす。喉は潤った。

寝室まで歩き、ドアをそっと開ければシングルベッドにひとつのふくらみ。音を立てないように閉めてから、つまさきだちでひたりひたりとにじりよる。想像した通り、ふかふかのベッドにやわらかな髪を散らして、きもちよさそうに眠る姿が見えた。


「…アレン、」


名前を呼んでみても、反応はなかった。それならばと、耳元に口を寄せてもう一度、アレン、と囁いてみる。


「ん、」


すこしだけ身じろぎしてから、またすやすやという寝息だけが聞こえてきて、呼ばれた反応はない。
すこしの間だけ、じっとその姿を見つめていた。やわらかな肌、きれいな髪、頬にかけてのびる淡いすみれ色の傷、ながい睫毛、潤った唇。なぜだかそのどれもがわたしの欲情を掻き立てて、気づけば首にかかる髪をひっそりとうしろに退かしていた。触れた皮膚からわたしの指先にアレンの体温が伝わって、ぞくぞくする。そのまま傷ひとつないまっさらな肌に、唇を寄せて舌を這わせた。耳の辺りまで沿うように舐めてから、みみたぶにかぷりとかみつく。
さすがにそれで起きない強者ではないらしい。身じろぎしたアレンの動きにあわせて耳元から離れると、困惑したような銀灰色の瞳と視線がまじわる。


「…えと、」

「おはよう」

「おはよう、ございます」


なにが起きているか、まだすこし理解が追いついていない様子だった。戸惑いの隠せないその瞳を見たところで、わたしは、いけないスイッチが入ってしまったらしい。


「アレンがいけないのよ」


なにがいけないのか、私でもよくわかっていない。それでもこの欲がとめられないのは、まちがいなくアレンがいけないのだ。彼からしてみればいい迷惑だろうけど。
なめらかな頬に手を添えると、わたしの名前をアレンが呼ぶ。仄かに染まっていくかわいらしい表情がたまらないと思いながら、熱を帯びた手を絡めて、あどけないその唇にキスをした。





仄か眩む誘惑



130602