「自殺する人をどう思う?」

「───は?」


ぷつ、と音を立てて彼女はお気に入りのジュースにストローをさした。それを咥えて僕を見つめながらにこりと笑い、首を軽く傾げる。


「平和なお昼休みに"自殺"なんて単語を飛ばすとは物騒ですね」


僕は明らかにその質問の返答ではない言葉を返した。けれど彼女は僕がどんなことを言っても、きっと言わなくても、初めから聞くつもりがなかったかのように話し出す。


「昨日ね、ある番組で自殺する為に樹海に入っていく人を呼び止めて話を聞くっていうのをやってたの」


白い半透明のストローにジュースが吸い込まれていくのが見える。…そういえばそれって振ってから飲むものじゃなかっただろうか。
自殺、樹海、と引っかかったキーワードは昨日の夜の記憶を引っ張り出してきた。


「僕も少し見ましたよ、それ。結局思い止まって戻って来たんですよね」

「うん」

「で、その番組がどうかしたんですか?」

「いや、どうって訳じゃ無いんだけどね、馬鹿だなあと思って」

「その人がですか?」

「うん」


どうして?
僕がまた質問を返すと、だって、と彼女は言う。


「最近ね、よく思うの。有名な人が首吊り自殺しただとか、高いとこから飛び下りた人がいるだとか、電車に飛び込んだとか、さっきの番組みたいに樹海で息を絶つ人が沢山いるだとか。皆、望んで死んでったと思う?」

「死にたいから、そうしたんじゃないんですか?」

「でも皆、自殺じゃないのよ」

「…どういう意味?」


僕が眉を顰めると彼女はうーん、と困ったように笑った。


「例えば、電車に飛び込んだ人は苦しまないで死にたいと思って死ぬ人が大抵だと私は思ってる。でも、自分で飛び込むけれど結局は電車に轢いてもらってるだけじゃない。残った残骸は家族とか同僚が拾うわ。電車を止めた損害も家族が払わなきゃいけない。結局は迷惑な死に方よ。自殺と似てるけど、少し違う」

「と言うと?」

「自殺は文字通り自分で自分を殺すのよ?一番自殺だと思われてる首吊りはロープに助けてもらって死んでる。自分で死にたいなら、自分で自分の首を締めなきゃ自殺とは言えないわ。誰の、何の手も借りないで死ぬ事、それが自殺でしょう?」


さっきとはまた違う笑みで僕に話す彼女に少し寒気がした。意味もなく心拍数が上がる。
そんな僕に気付かずに、彼女は真っ正面から僕を見据えて話続ける。


「自分で首を絞められないんじゃ死ぬ資格なんて無いわ。ただの死に憧れてるお馬鹿さんよ。本当に死にたいなら、その苦しみに耐えられるはずでしょ?借金が沢山あるから何よ、裏切られたから何よ、まだやり直せるじゃない。そんな理由で死ぬなんて本当に死ぬ覚悟がある人に失礼だわ」

「……大丈夫、ですか?」


どうしたんだろう。
焦点の合わない瞳孔の開いた眼、それでいて恍惚とした表情。息はだんだんと荒くなって、頬が上気して。どこから見ても様子が可笑しい。興奮、している。くすり。彼女は心底愉しそうに笑いを零してから、何かがプツンと途切れたように話し出す。


「でもね、逆に死って素晴らしいとも思うの!未知の世界でしょう?誰も的確にその世界について語れる人はいないわ。死の瀬戸際をさ迷って三途の川と呼ばれる場所へ行く人はいるかもしれない。でも、その先にあるものを語った人はいる?私の今の知識じゃその事を語った人はいない。誰にも分からないのよ!」

「お、落ち着いて…?」

「でも、二人だったら分かるかもしれない。そう思わない?」

「え…と?」


生じる矛盾。二人なら分かるだなんて有り得る訳がない。だったら、集団自殺をした人たちはどうなるというんだ。
取り敢えず落ち着くように言っても、それでも彼女は何かに取り付かれたように僕の肩を掴んで、ぐうっと顔を近づけた。
身を乗り出した反動でかたんとジュースが倒れる。ストローと、ストローと箱の間からジュースが漏れだした。何故か生々しく見える、紫か赤か分からない其れはゆっくりと、けれど確実に広がっていた。まるで、血のように。
掴まれた肩が熱い。熱くて、痛い。ぎりぎりと食い込む指がすべての神経を圧迫しているような息苦しさを感じる。呼吸困難になりそうだ。
僕が顔を歪めているのを見て見ぬフリをしているのか知らないのか。彼女はアレン、と僕を呼ぶ。妙に上擦った声は熱っぽく、異常なまでに輝く瞳はまるで好奇心旺盛な幼児のよう。
ぞくりと嫌な感じの悪寒。
そう、たとえば、敵を目の前にこちらが為す術もなく殺されそうなときのような――


「私と、心中しない?」






2008????
200?0630