がしゃん。

足の力が突然抜けたと思ったら、AKUMAの残骸の上に尻餅をついていた。操り人形を操る大切なヒモが、ぷつんと何かの拍子に切れたように。
盛大な音だったから、前を歩いていたウォーカーにはもちろん気付かれた。反射的に振り向いた彼は大丈夫ですかと声をかけてくれたけど、何ともないなら尻餅なんてつかないし、きっとすぐに立ち上がって歩けてる。
足が、麻痺してるのか感覚があまり無くなっていた。返事もせずに足を見たまま黙っていると、ウォーカーが近づいて来て、目の前にしゃがんだ。


「…足、怪我してるじゃないですか」

「そうですね」

「そうですねじゃないですよ。なんでもっと早く言わないんですか」


全く、と呆れた様子でポケットからハンカチを取り出した。私はむっとして言い返す。ウォーカーのひんやりとした手が私の足に触れた。


「言う必要はないでしょう。貴方に言った所で事態は何も変わりません」

「いいえ変わります。傷ついているなら僕が手当てします。口に出して楽になることもあるんです」


手慣れたように、血が流れているふくらはぎにハンカチを巻きつけて結ぶ。ウォーカーの伏せられた白い睫をぼんやり見つめていた。頭がうまく働かない。それでも、負けず嫌いな性格のために口からは悪態を吐く。


「傷の手当てくらい、気付けば自分で出来ます」

「今気付かなかったじゃないですか」

「…傷が小さかったからです。こんなの大した事ありません」

「力が入らなくなって座り込んだ馬鹿な人は誰ですか」

「いちいちうるさいですねウォーカー。禿げますよ」

「君こそ抱え込み過ぎてデブになるんじゃないですか」


はい、出来ましたよ。ぱっと手が離れて、変わりに白いハンカチが私の足に巻き付いていた。器用な男だ。立ち上がって砂を払ってから、私に手を伸ばしたウォーカーをただただ見上げる。


「どうしたんですか、立てないならおぶりますよ。もれなく5分で1000円ですけど」


ぼったくりだ、と思ったが敢えて言わないことにした。彼の冗談には、今は乗れない。


「ウォーカー、貴方のする事はありがた迷惑です」

「…なんですかそれ。そんなにデブっていうのが気に入らなかったんですか」

「違います。全てにおいて真面目な話です。貴方の取る行動は優しさかもしれませんが、私にとってその優しさは迷惑でしかありません」

「な…、僕はただ」

「私に構わないで下さい」

「…分かりました、もう知りません」


ウォーカーはすたすたと街の方へ歩いて行った。遠のいて行く背中を見つめながら、言い過ぎたかと考えて、頭を振った。今考えたって何も現状は変わりはしない。私も立ち上がって、ゆっくり歩き出した。自覚してからずきずきと痛み出した足に、冷たい風が纏わりつく。痛い、と思った。ぎゅぅと苦しくなった心臓が。









「君は馬鹿ですか」


もう知らないと言っていたのに。なんで待っているんだ。
のろのろと歩いていると、駅まで後少しの道のりにウォーカーがどどんと仁王立ちしていた。しかし何を言うかと思えば、そんなくだらない言葉だけか。疑問と呆気に取られた私に、どっかの誰かの様なぶっきらぼうな言い方で彼は言う。


「遅いですよデブ」

「…ウォーカー、それを言うためだけに道のど真ん中で私を待っていたんですか。ああそうだ風でヅラは飛びませんでしたか」

「勘違いしないで下さい。汽車に乗り遅れたら困るんで迎えに来てあげたんですよ。有り難く思いなさい。そしてこれは地毛です」

「何度も言ったじゃないですか、私は」

「君が何と思おうと僕は僕のやり方で行きます。迷惑と思ってるならそれで良い。勝手に思っていて下さい。僕も勝手にやりたい事をやるだけです」

「…実に鬱陶しい人ですね貴方は」

「君を置いていって叱られるのは僕なんですよ。冗談じゃない。僕のために君を迎えに来たんです」


なんだかな、彼はよく分からない。顔をしかめる私を見て見ぬフリして、ほら行きますよと腕を引く。紳士とは思えない乱暴さだった。左手の力もっと抜け。
これからは似非紳士野郎と呼ぼう、そうしよう。


「全く、素直じゃないんですから」


ぼそりと聞こえた言葉が耳に響いて、脳に残る。心臓を締め付けていた痛みは無くなっていた。



*



扱いづらい。

陰でよくそう言われていた。こそこそ話しているようで、案外聞こえるものである。地獄耳かもしれないな、ふと思ったりもするが、どうでもいいかと思考を打ち切った。心の優しいリナリーは一人でいる私をよく心配してくれていた。


「優しさは要らないよ、私には勿体無い」


私なりに気遣ってそう言ったことがあった。彼女は、どこか寂しそうに笑った。どうしてそんな表情をするのか不思議でたまらなくて、その顔が今も離れないのは何故なんだろう。
ウォーカーも他人を放っておけない人間だ。足手まといになる人間は全て切り捨ててしまえばいいのに。私のことも。命取りになるという事が分からないのか。


「偽善者ですね、彼は」


任務帰りの汽車の中。アレンが食中りにあってトイレに30分籠もっていただの、ティムを食べた猫を死に物狂いで追いかけていたアレンの顔が般若の様で面白かっただの、聞いてて可哀想になるウォーカーの話で勝手に盛り上がっていたジュニアが、無意識に出していた私の呟きにふっと笑顔を解いた。


「オレさ、アレンからお前のこと聞いててよく思うんだけど」

「ウォーカーが私の話をするんですか。キモチワルイですね」

「そういう素直じゃない態度、どうかと思うさ〜」

「私は至って素直ですよ。ジュニア、貴方よりは」


真面目に答えるとやれやれと首を振られてしまった。こっちがやりたい。やれやれ、訳の分からない男だなどいつもこいつも。

「怒るぞ、アレン」

「……」


何故私が彼に叱られなければいけないのか、甚だ疑問である。ジュニアは私を見て、にこり。


「全く素直じゃないんですから、って」

「!」


デジャヴか。むっつり顔がふと頭に浮かんだ。どうにも可笑しくなって、少しだけ笑った。




未完成な僕ら




200?0214 執筆
20120504 加筆修正

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