ぶくぶくと零れる泡の雫は呼吸のしるし。海の青は瞼の奥で揺れている。からだすべてが溶け込みそうな、ゆらりとたゆたうあおがわたしを包む。優しさの温床。幸せに心を満たされて、微睡んでしまいそうだった。閉じかけた目の隙間から、なにかが光る。


「おもしろいね」


にこにこと人当たり良く笑うこの彼は一体何者なのだろう。捕らえられた右腕には、解放されればきっと青あざが出来ているにちがいない。痛いなあと、ぼんやり見つめる。
泡の飛沫が海の中に飛び込んできたのが、ついさっき。海底ちかくに漂っていたわたし目掛けて泳いできたこの人は、一瞬だけ驚いたようにしてからにやりと笑った。その時点で本能が危険信号を発していたのに、からだが思うように動けなかった。そして今。水浸しになったわたしと彼は、砂浜に座り込んでいる。


「きみ、海の中で呼吸できるんだ」

「天人ですから」

「海がすきなの?」

「まあ はい」

「ふうん」


ほんの数秒。わたしが瞬きを二回したときくらい。その人はおもしろいことでも思いついたかのように笑った。うわ 手 ますます痛くなった。


「知ってる?空にも海があるんだよ」

「はあ そうなんですか」

「興味ないの?」

「いやそういうわけじゃ」

「じゃあ 来たい?みたい?」

「……みたい です」

「決まりだね」


有無をいわさなかった。私に拒否権はなかったみたい。この人にとらわれた時点で、私はもう、逃げられるはずなかった。
その人の番傘が揺れた。立ち上がって、すたすたと歩き出す。おさげが揺れる後ろ姿をぽかんと見送る。ぽたりと落ちる海の雫が、白い砂浜にちいさな染みをつくっていた。俯いたままでいると、「なにぼけっとしてんの」影が私を覆う。顔をあげれば、桃色。整えられたサーモンピンクのおさげが揺れた。しゃがんだ所為で番傘が頭上に翳されて、外界の音がどこか遠く感じる。私たちだけの世界みたい。


「あの お名前 は」

「神に、威厳の威で神威だよ」

「かむいさん」


瞳の奥に、魅力的な海の青。私は彼の側で、これから呼吸をするのだろう。



201?0424 執筆
20121022 加筆修正