「俺はきみがすきだよ」
躊躇なく私に放たれた無責任なほど軽いその言葉を、ぐしゃぐしゃに踏んで潰してゴミ箱にでも捨ててしまいたくなった。この男が言うと、ときめくような台詞が一瞬で穢れる気がして気分が悪い。どれだけ人をからかえば済むのだろう。私のやさぐれ度は高まる。
「冗談はよしこちゃんだよ」
「冗談じゃないさ」
うそつきの顔をした野郎の言葉を今更どう信じろと。そもそも、私と彼はつい1カ月前に再会したばかりのただのクラスメートだ。いろんな意味で目立っていた折原が、地味な女生徒だったわたしに好意を持つこと自体おかしな話なのに。わたしが語学力溢れる素晴らしい人間だったなら、如何に滑稽かを連ねていたに違いない。疑いしか持たない私の瞳を、折原は真正面からいつも通りに見つめる。ああ 黙ってさえいれば良い男なのに。嘆息。
「私じゃなくて人間を愛してるんでしょ」
「まさか。きみ自身だよ」
「それこそまさか」
「俺の好意がうそだという根拠は?」
「日頃の行いから滲みでてると思うんだけど」
わかってないなんて! 不思議でかなわない。なんで折原ってば、私にここまでつきまとうんだろ。単にすきだからだなんて、そんなことで動く奴じゃないと思っていた。今日も見事に(ここは嫌味をたっぷり込めて)、私を見つけて「やあ」だなんて。こちらに向かって振られていたあの右手、渾身の蹴りで折ってやれば良かったかも。それに、なかなか奴の情報網は侮れない。そういう商売をやってるのは事実らしい。
「決めつけはよくないよ」
「でも、事実でしょ」
「どうだろうね」
折原はにやにやしてばかり。
「きみって、自分のこと変わったって思ってるだろう」
「…そりゃ」
「でも、根本的なところはどうしたって数年じゃ変わらないんだよ」
「……そうだね」
「俺はその、根っこの部分に惹かれてるんだ」
わかる?とでも言いたげな顔が腹立つなあ。 店内の端っこの席。私と折原はどう見えているんだろう。ずっと眉間にしわを寄せているから、カップルとは思われないに違いない。ていうか思われてたら、たぶん泣く。嗚呼 一人でドーナツを堪能したいのに、いつもいつも邪魔ばっかり。
「俺はきみがすきだよ」
「まあ何故かと問われれば、」
「きみの瞳かな」
ぞわっとした。とある名曲が頭を過ぎって思わず顔をしかめた。ドーナツの甘さが重たく感じられて胃がきもちわるい。
「きもちわる」
「ああ 誤解しないでよ。きみの瞳が純粋だからとか可愛いだとかそういう意味じゃ全くないんだ」
勘違いはよしてよ、と肩を竦められて私の不愉快指数はぐぐんと上昇。この数日でほんときらいになった。とっとと帰れと折原を睨みつける。
「そう その瞳だよ」
「 は?」
「ぎらぎら光るそれが俺は好きなんだ」
「…意味が、よく」
「わからなくていいよ」
「はあ?」
大好物がぐにゅっと手の指先で潰れる感触がした。あのときも感じたけど、折原にばかにされるとなんでこんなにも不愉快な気持ちになるのか。珈琲を優雅に啜る姿に鉄槌でも下そうかと手のひらを握りしめたところで、ちいさな女の子が私たちのテーブルに近づいてきた。くりくりの瞳に捉えられて、ぱっと手を開く。
「おねえちゃん、ダーリンぶっちゃだめよ。なかよしね」
それだけ言って、ぱたぱたと入り口へ向かっていった。外で待っていたお母さんと手を繋いでから、満面の笑みでこちらに手を振るその子に呆然と振り返した。笑顔が乾く。なにが起こったんだと思った途端、折原が肩をぴくぴく震わせながら込み上げる笑いを必死に堪えていた姿が目に入った。状況の理解がじわりとできてきた私は、泣きたくなった。 そして折原は涙を拭って、お腹を抱えながら今にも吹き出しそうな体で言ったのだ。
「愛してるよハニー」
青春に崩壊を足して罪は引いとく
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