さいきん 心臓の心拍数がやけに上昇している。なにか変な病気でも(糖尿病ではない。たぶん)かかったかと思ったが、そうでもないらしい。らしいというか、原因はとりあえずまあ、明確なのだ。


「おはよう」


襖の開いた音のあと、なにもかもを包みこむような優しく、柔らかい声が耳に届いた。途端にどくどくと忙しなく心臓が鼓動し始める。その所為で寝ぼけていた頭も覚醒する。うっすら開眼すると、にこりと微笑む彼女が俺の枕元に座って顔を覗き込んでいた。思わず固まる。息が止まった。「お おう」どもったよぉぉおお。


「銀ちゃん?」


爽やかな朝の筈なのに、汗がだらだらと背中を流れる。鳥の囀りもきらきらと差し込む陽の光も、今の俺にはなにも清々しさを感じられなかった。やめてくれ。そんなやわい声で俺を呼ぶな。殺す気か。びりびりと痺れるような感覚が鼓膜を伝う。電流が流れたみたいだ。耳たぶに触れると熱でもあるのかと思うほど火照っていた。心配そうに俺を見やる彼女の瞳から逃れるために布団を被る。ああ 暑い。体がおかしい。息がし辛い。…当たり前か。その行動を不信に思ったらしく、彼女はいきなり布団を剥いで俺の顔を両手で鷲掴み視線をあわせようとしてきた。


「なんで逃げるの」

「別に逃げてなんかねえよ」

「うそ」

「じゃない」

「目が泳いでる」


朝っぱらから心臓に悪い。俺は理性が限界に近いことに気付く。


「わたしのこときらい?」

「んなわけねえだろ」

「じゃあなんでこっち向いてくれないの?」


彼女の零す言葉の全てが、響きが、俺をおかしくする。どうしたってんだ。俺らしくもない。こんなチェリーボーイな男だったか?しっかりしろ坂田銀時。いつもみてえにかるーく下ネタでもかましてやりゃあいいんだ。うんうん、そうだよ。キスでもして有耶無耶にしちゃったりとかさ、


「好きよ、銀ちゃん」


鼓膜を擽る どこか甘美な声。浸透したのははやかった。俺の計画が崩れ去るのもはやかった。粉々だ。ばっと耳を塞ぐ。ぞくぞくとした刺激が体をかけめぐって、いろいろやばい。やめろってば確信犯だろおまえ。泣くぞ。銀さん泣くぞ。もしくは襲うぞ。けど俺が良くてもこいつが泣くだろうな。溜め息をつく。そして白状した。俺のここ最近の動悸の原因は、やはり彼女だったのだ。


「…お前の声きいてると、どうにかなりそうなんだよ」


未だ目線はあわせられずだが、正直にそう言うと、彼女が何故だか嬉しそうに笑ったのが分かった。






聴力を犯す




120310

企画 アルテミス 様 提出
ありがとうございました