ばたばたと 人の形をした真っ黒な陰が瞬きするたびに次々と倒れていって、ぱったりと動かなくなりました。わたしの目にはその陰がするりと細くなって 闇に溶けて消えてしまうように見えていました。雲雀くんはしかし淡々と、呆然としている私なんかお構いなし。ただひゅおんと風を素早く切りながらトンファーを振り回したり、足を蹴り上げたり。一連の動作が、いちいち絵になる男の子だなあ。
しんと辺りが静まり返ったとき、わたしはあっと思いぱちぱちと手を鳴らしました。拍手喝采。夢じゃない。
淡い街灯のひかりに照らされた雲雀くんの顔が、ちょっと歪んだように見えます。


「すごい」

「…」

「ヒーローだね」


その言葉で大層ご機嫌斜めになったようで、彼はわたしに近付いて来るなり手のひらでぺしんと頭をはたいてから ほっぺたまで抓ってきました。いたいいたい。へたりと情けなく座り込んでいるわたしが見上げる雲雀くんは息も乱さずそこにいて、相変わらず綺麗で 溜め息が出そうなほど格好いい。


「ほんと呆れるよ。馬鹿だね」

「…」


わたしが襲われるのは 彼のとなりにいるからなのだそうです。弱みをにぎるだとか、思い通りになるだとか、やっちゃおうぜとか、がやがやとわたしを連れ去ったあとに相談していた声は、まるで別の国の言語のようでした。
わたしのせいで雲雀くんが損をする。混乱で真っ白になっていた頭でそれだけは理解し、それだけはとても我慢のならないことで、彼が貶められるのは胸が抉られるような思いでした。

煮るなり焼くなりやっちゃうなり、どうぞ好きにし下さい。その変わり雲雀くんにはなにもしないで下さい。頭を下げたわたしに、囲んでいた大きい方から小さい方まで、みながみなそれはどうかなという風に笑い、そのうち一人がわたしの髪を掴み力強く引っ張りました。雲雀くんに迷惑かけて、駄目だなあわたしは。自分の無力さに腹が立ち、舌を咬み契って死のうかと考えもしました。ああどうかわたしが死んでも雲雀くんが孤高の存在のままでありますように。彼が苦しみませんように。…それはないかなと思いながら、やはり少しは悲しんで欲しいなと望んだりしてしまうわたしは、なによりも誰よりも彼が好きでした。


「ねえ、なにやってるの」


鶴の一声といいますか。一人が呻きもあげずに倒れたかと思ったら、そこからはあれよあれよと理解も出来ないまま、あっという間にわたしを囲んでいた方々は冷たいコンクリートと仲良くおやすみをしていったのです。それからわたしがほっぺたを抓られるまで そう時間はかかりませんでした。


「きみ取り敢えずの女の子でしょ」

「(とりあえず…?)はい、」

「だったら簡単に自分を捨てるようなことは言うもんじゃないよ」

「…雲雀くんが傷付くのがいやだからです」

「僕がそんな弱く見えるかい」


不愉快だね。不敵に笑った彼は、もう日がすっかり落ちているというのに一段と輝いて見えて 真っ黒な切れ長の瞳には確固たる強さが灯っていました。すきだなあ。さらさらの猫毛も、はためく学ランも、細い腕や足に似合わずとっても強いとこも、動物を愛でてる姿も、にやりと不敵に笑う口元も。


「すきです雲雀くん」

「そう」

「素っ気ないなあ」


情けなく笑ったわたしの顔を見てから、雲雀くんは帰るよと手を引っ張って立たせてくれました。力強く、やさしい手。


「助けてくれてありがとう」

「…群れてたから咬み殺しただけだ」


本当に照れ屋さんだね。そこもまたすきだよ。とか言ったら口を利いて貰えないだろうから言わないけど、スカートについた砂を払うのもそこそこに右手にぎゅっと力を入れました。そっと握り返してくれたのは、気のせいではないはず。

わたしのひかり。いつまでも、輝きよあれ。





すべてあしたも眩しくありますように



111028 執筆
120225 加筆修正