山崎退という人は、なんだか地味でぱっとしない見た目をしている。そこら辺にいそうな感じの ごくごく普通のお兄さんだ。お花屋さんとかでアルバイトをしてそうなふわふわした雰囲気があって、彼といると和やかな気持ちになる。心が温かくなってくる。だから、隣で団子をもぐもぐと咀嚼している退くんがいる今だってもちろん。暖かな陽の光が降り注ぐ午後に、二人並んで縁側に座りながらお茶を啜る。塀の向こうから子どもたちの笑い声が駆け抜けて 遠くなった。


「退くんはオレオレ詐欺とか引っかかりやすいタイプだろうね」

「あー…そうだね」

「一気にまくしたてられると断れないでしょ」

「うん」

「でも頑固だよね」

「そうかなあ」

「そうだよ。意地っ張りだし」


もう全然、私の気持ちは穏やかどころかささくれだって荒れていた。熱いお茶をずずずと音を立てて啜ってはしたないよと注意されようが私の下がった口元はあがらないし、寄った眉根はそう簡単に元には戻らない。じっと前を向いたままでいると、恐る恐るといった風に退くんの声が聞こえてくる。


「怒ってる?」

「そりゃもう 腸煮えくり返ってるよ」

「怖いなあ」


へらりと笑った気配がして隣を見ると、案の定だった。ねえ。君の体は任務帰りであちこち傷だらけなのに、どうしてそんなににこにこしていられるの。擦り傷が出来てるほっぺたを意地悪で抓ってみたら涙目になって、でも笑いながら痛いよと言う。退くんてMなんだね。頑固で意地っ張りのMって、なにそれ。本当に、彼がただのお花屋さんやカフェの店員さんとかだったらどれだけ良かったろうと思う。


「退くんのばーか」


阿呆ドジ間抜けあんぽんたん。幼稚な罵倒を並べ立てて彼を責めても、なんにもならないことは分かってる。本当は、無事に帰ってきてくれてありがとうって素直に言うべきなんだ。なんでちゃんと言えないんだろう。晴れない気持ちでぼそぼそと文句を垂れる。


「心配してたのに」

「うん」

「連絡の一つも寄越さずに」

「ん」

「よくもまあ何事もなかったかのようにのこのこと…」

「 ごめんね」


ぼろっと零れ落ちた涙が、ぎゅうぎゅうに握り締めた右の甲にぴちょんと跳ねた。優しく微笑んだ退くんが、上から自分の手をそっと重ねる。温かかった。心地よい温度が、そこから氷を溶かすように広がっていく。重い女だって思われてるだろうな。私ってばなんて面倒くさいんだろ。


「帰ってこないかと思ったんだよ」

「あはは」

「なんで笑うの!」

「いや 嬉しいなあと思って」

「…」

「大丈夫」


地味なオーラ漂わせて見た目がぱっとしなくても、退くんはやっぱり立派な男の人だから。子どもみたいに情けなく泣きじゃくる私を大きな手で宥めてくれる君の真剣な瞳は、不安だった気持ちもすべて拭うほど強い光を湛えていた。ああ 好きだなあ。真選組の退くんだから 好きなんだろうな。彼は春の陽射しのように柔らかく微笑んで、私の腕を軽く引いて抱き寄せた。


「淋しがりの君を一人になんかさせないよ」





やさしい融解が水面でたゆたうような呪文をあげよう



120222