何がきっかけだったかと問われれば、私にはよくわからないと答える。

あれから自己紹介が始まるかと思いきや、王子はそんなもの必要ないとばかりにナツキ、オトヤ、ショウ、マサト、トキヤ、レンのことを次々言い当てた。本人達も思い当たる節があるらしく、初対面であるはずの王子の言葉を聞いてハッとしていた。
会話の端々や名前くらいしか理解できない私は、王子の後ろへ控えて立っていた。時々棘のある口調が王子に向けて発せられていたが、言い返そうと一歩前へ出るたびに視線で諌められてしまい、口を挟むことは叶わなかった。

そうこうしているうちに王子が徐に立ち上がり、姫様にぐっと身を寄せる。驚きはしたけれど、それを特に止めようとは思わなかった。王子の初恋を従者、そして幼馴染みとしても嬉しく思っている私が止めるはずもない。
しかし、周りは違う。彼等も姫様が大切なのだ。またしてもショウとオトヤを筆頭に、全員が止めに入ってしまった。気持ちはわかるし、王子も積極的すぎる部分はあるのかもしれないが、これはあまりにも過保護だと感じてしまう。姫様だって、本当に嫌なら嫌と断るだろうに。

そんな彼等に火をつけたのは、一体何だったのだろう。

「マイプリンセス、春歌。アナタを愛しています」

その事実だったのか。

「ST☆RISHよりも上手く歌えます!」

という言葉だったのか。両方だったのか。それは彼等を知らない私には、知りえないことだけれど。
とにかく、一転して険悪な雰囲気になってしまった室内。そこへ、冷たい吹雪と共に颯爽と現れた王子の先輩――シルクパレスの伯爵であるカミュさんにより、アイドルトレーニングカルタなるもので王子はST☆RISHと急遽勝負をすることになってしまったらしい。

『ところで、カルタって何でしょう…?』

地面にバラ撒かれ、今ナツキが持っている大きな円形の紙。どこかで見たことがあると思ったら、ついさっき社長室で私とリンゴさんが切っていたものだった。なるほど、私はカルタとやらに使用する紙を切っていたのか。

眼前で繰り広げられる紙争奪戦。姫様が札を読み、それを聞いて全員が規則性なく置かれた紙を探して駆け回る。これがカルタ、なのか。きっとあの円形の紙に書かれた平仮名一文字は姫様の読む文章の頭文字か何かで、それを一番速く、そして多く取った者の勝利というルールだと思われる。

真剣勝負だというのに、王子は笑顔を浮かべてカルタを楽しんでいた。それもそうだろう。アグナパレスではこんなこと出来ない。敬われて、疎まれて、敬遠されて。こんな風に、何でもないただの遊びをする機会もなければ、素を出してくれる人もいなかったのだから。
姫様といられることもだが、こうして誰かと思いきり遊び遠慮なく接されることが、きっと王子にとってはとても特別なことで喜びなのかもしれない。例えそうだとしても、王子に対するショウのあの態度が許されるかは別の話だけれど。

「あれれ、なーんか新顔ちゃん?」
「……何でこんなところに女がいんだよ、ウゼェ」
「どうやらこの子、あの新人のお供らしいよ」
「女連れでアイドルだァ…?」

不意に後ろから掛けられた声は、全く聞き覚えのないものだった。それもそうだ、私がここにきて接触したのは姫様、ST☆RISH、カミュさん、リンゴさん、サオトメさんだけだから。

振り返って見ると、男の人が三人並んで立っていた。茶髪の人懐っこそうな笑顔を浮かべた人、両目の色が違うオッドアイの人、無表情で真っ直ぐ私を見据える人。一人は好意的に見えるものの、一人は無関心そうで、もう一人は心から鬱陶しいとばかりにこちらを睨みつけていた。

「ぼく達は彼等の先輩だよ。ぼくは寿嶺二。この銀髪が黒崎蘭丸、こっちが美風藍ね。新顔ちゃんのお名前は?」
「私ナマエ。レイジ、ランマル、アイ、よろしくおネガいします」

初めて会った時姫様がやっていたことを真似て、丁寧に頭を下げてみる。曖昧だけど、お辞儀をするのは謝る時以外にお願いする時にも適用されたはず。目の前でレイジさんが笑顔で大きく頷いているから、間違えてはいないと思う。

では、何故ランマルさんは怖い顔をして私を見下ろしているのだろうか。

「ランランったら、そんな怖い顔しないの!めっ!」
「この子アグナパレスから来たばかりで、まだ日本語が上手くないみたい。多分、敬称がわからないんだよ」

慌てて宥めるレイジさんと、淡々と説明するように話すアイさん。アイさんの声は顔と同じくやっぱり無表情で、感情の変化が読めない。
王子と同等まではいかないものの、私も人の感情を悟ることは得意な方である。それなのに、アイさんからは読みとれない、または本当に薄らとしか伝わってこなかった。

「ぼくのことは嶺ちゃんって呼んでいいよ。この人達はランラン、アイアイでいいからね」
「レイ、ちゃん、ランラン、アイアイ?」
「嶺ちゃん」
「レイちゃん」
「はーい、よくできました! ハナマルあげちゃうぞー!」

何仕込んでんだテメェ!とドスの利いた声がして、咄嗟にレイさんの後ろへ隠れる。大きな声はあまり好きではない。そんな私を見てさらに苛立ったらしい彼は、舌打ちをして思いきり顔を背けてしまう。
よくわからないけど、ランランさんを不快な思いをさせてしまったようだ。正直、理由は見当もつかない。それでも、一言謝るべきだろうか。そう考えてレイさんの後ろから出た時だ、視界の隅に信じられない光景は入り込んできたのは。

王子が、木から、落ちた。池へ。

木へ登って枝から吊るされていた紙を取ろうとした王子を追い、ショウが勢いをつけてよじ登る。その反動でバランスを崩した王子が落下してしまったのだ。

急いで駆け寄り、荒い息を吐く王子の背中を撫でる。砂漠出身であるせいか、王子は水に浸かるのが苦手。そして、トドメとばかりに池から這い出た王子のすぐ横に嫌いな魚が跳ねていたから、王子は真っ青になり半泣きになってその場から走り去ってしまった。

『お、王子を池へ落とすなんてありえません! いくら王子が素敵で運動神経もよくて歌もお上手で姫様と仲がよくて気に入らないからって、いい加減私も本気で怒りました! 今度は私が相手です!』
「お、オイ…っ!」
『逃げるなんて言わせません。王子には劣りますが、私も多少の運動なら自信がありますから!』

木から下りてきたショウは、戸惑ったように私の肩を強く押して距離を作る。興奮状態で気がつかなかっただけで、どうやら私達の顔は思ったよりも接近していたらしい。
が、正直言ってそんなことを気にするほど私は初な女ではない。ショウに対して浮ついた気持ちを微塵も持ち合わせていないため、むしろ何故彼がこんなに顔を赤らめて動揺しているのか不思議で仕方ない。もしこの少年が女に不慣れだと仮定しても、怒っている人間相手に顔を赤らめるなんて、ある意味で失礼に当たるのではないか。

「翔ちゃん、ナマエちゃんが今度は私が相手になるって言ってるんですよ」
「はぁ!? つーか、何でコイツの言ってることがわかるんだよ」
「えーと……何となく?」

こてん、と小首を傾げるナツキ。そういえば、と今日のことを思い返しても、彼だけは何となくながら王子と同じように私の片言の日本語を理解してくれていた。アグナパレス語で話しても結果は同じ。知識としてわからなくても、きっと私の雰囲気や感覚から理解しているのだろう。

「ねぇショウ、勝負するなら早くして。この後もスケジュール詰まってるんだからさ」
「ま、まさか藍までコイツの言葉わかるのか!?」
「ボクにわからない言葉なんてないよ。それより、そのやる気満々な彼女をどうにかしたら?」

小さく肩を竦めてみせたアイさんは、私を一瞥し、どうでもよさそうな顔でショウに視線を移す。射抜くように真っ直ぐな視線に言葉を詰まらせたショウが、眉間に皺を寄せ、俯きながら私に向き直る。

「俺は、女とやるつもりはない」
「マけるのコワい?」
「なっ……そ、そうじゃねーよ。お前とやって、今度はお前が怪我したらどうするんだ」

その言葉に、思わずキョトンとショウを見つめる。私達に対して、ピリピリしていたのはどこの誰だったか。一番怪訝そうな視線を向けていたのは、間違いなくこの少年である。まさか私に配慮するなんて、失礼だけどあのメンバーの中では一番ないと思っていただけに意外だ。
あまりにも凝視しすぎてしまったらしく、ショウは頬を薄ら染めて「何見てんだよ…!」と思いきりそっぽを向いてしまった。

「ナマエさん、翔君にも悪気はなかったと思うんです。ただ勝負に熱中しすぎてしまっただけで、本当はすごく優しい人なんです」
「……ヒメが、イうなら」
「ひ、姫?」
「オウジのアイす。アナタはヒメ。私、もうヒトリのアルジ」

姫様の前に跪く。頭上でオロオロしている姫様は、困ったように周囲を見回す。何か間違ったことをしてしまったかとナツキを見れば、ナツキは「大丈夫ですよ」と笑ってくれた。

「ヒメ……いや?」
「お姫様だなんてそんなっ、私は…!」
「オウジがエラんだ。私のタイセツなヒメ。ヒメとヨぶ、ば……ヨぶばせて?」
「ナマエちゃん、それを言うなら『呼ばせてください』ですよ」
「ヒメとヨばせてください」

今度は正しくお願いできたはずなのに、姫様は色よい返事をしてはくれなくて少し悲しい。そんな気持ちが自ずと顔に出ていたらしく、姫様がさらに困っているのがわかる。彼女を困らせることは、決して本意でない。

「プリンセスは、いい?」
「それも、ちょっと…」
『ですが姫様のお名前を呼ぶなんて恐れ多いですし……呼ぶとしても、日本語で様を何と言えばいいのか、私にはわかりませんし…』
『様、だよ』

突然聞こえたアグナパレスの言葉。勢いよく声の主を振り返ると、アイアイさんが無表情で私を見ていた。まさか私の独り言に反応したのか。そんなはずはない。でも、聞こえたのは確かに聞き慣れた言語。

『彼女の名前は春歌。だから、敬称である様をつけると春歌様』
『あ、ありがとうございます!』

どうでもよさそうにしながらも、もう一度丁寧に教えてくれたアイアイさんにお礼を言って姫様へ向き直る。少し身構えている様子で、私を見つめる瞳は揺れていて。それでも、私だって王子の従者として、お仕えしている者として、これ以上の譲歩は出来ない。

「ハルカサマ、おネガいします」
「さっ、様ですか!?」
「ハルちゃん、きっとこれ以上はナマエちゃんも折れてくれないと思いますよ」
「ボクも同感だね。諦めて呼ばれたら?」

ナツキとアイアイさんに言われたからなのか、姫様は恥ずかしそうに小さく頷いてくれた。ほっとして、お礼と挨拶もそこそこに私は走り出す。もちろん、どこかへ走って行ってしまった王子を探すためだ。

「あの子もすごく変わってるよね」
「まぁ、愛島さんといい勝負でしょう」
「はい。面白いですよね、セシル君もナマエちゃんも」
「お前なぁ…」

頭の中が王子のことでいっぱいの私は、すぐ後ろでそんな会話が交わされていることに気付く余裕がなかった。


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