ぎすぎすした雰囲気を絶ち切ったのは、金髪長身の人だった。一旦ぐるりと全員の顔を見回し、最後に私を見て、にっこり自然な笑顔を浮かべる。そして、その険悪な場でこう言ったのだ。

『それじゃあ、二人の歓迎会をしないと!』

その場にいたほとんどの人が、王子にあまりいい印象を持っていないことは気付いていた。私に関しても、初対面でいきなり手を叩いて怒鳴りつけたのだから好感は抱かれていないだろう。突然現れた相手と突然仲良くしろと言われて戸惑う気持ちはわかるし、彼等の姫様への態度はあからさまだった。だからこそ、歓迎という言葉が出てきたことに驚かざるを得ない。

思わず瞠った瞳がぶつかったのは、ゆるく細められた優しい淡い緑の瞳。数秒見つめ合った後、私は意を決して静かに手を上げた。

「では、一緒に頑張りましょうね! ナマエちゃん!」
「はい。よろしくねがう、ナツキ」
「ナマエちゃん、『よろしくお願いします』ですよ」
「ナツキ? よろしく、おねがいします?」

本当は久しぶりに再会叶った王子に色々訊きたいところではある。アウェーな王子を一人置いて行くのも心配だったし、姫様のことも気にかかる。
けれど、私はサオトメさんから寮のことを任された身。そのうえ、ナツキが私はともかく王子を歓迎するために準備をすると言うなら、私に手伝わないという選択はなかった。

「セシル君を歓迎してボクの作ったクッキーと紅茶でお祝いしようと思うんですが、どうでしょう?」
「ええと、オウジはスき。ミルク、スき」
「わかりました。じゃあ、セシル君にはミルクも置いておきましょう」
「ありがと、ナツキ!」

不審そうな、怪訝そうな目。あの場で唯一、ナツキは探るようなあの目で私達を見なかった。純粋に歓迎する、そう言ってくれたことが伝わってきたのだ。
王子を王子としてでなく、私を従者としてでなく、王子自身と私自身として接してくれようとしているのがわかった。真っ直ぐ私の目を見つめた瞳から読みとれた。もしかしたら、私は“手伝わなくてはいけない”ではなく“手伝いたい”と思ったのかもしれない。

「ナツキ、オウジとナカヨし?」
「えぇ、もちろんです。セシル君もマスターコースの仲間ですから、仲良くなりたいと思っていますよ」

その答えを聞いてほっとする。あの場にいた全員が姫様を、事情に疎い私にも少なからず慕っていることは察せた。それが友情か愛情かは定かではない。けれど、姫様にキスしようとした王子を止めに入った時、彼等からは確かな敵意を感じたのだ。それは、今こうして私の隣でクッキー作りに励むナツキもまた同じ。

それでも、ナツキは笑顔で接してくれた。ここで彼等全員を、ナツキまでを敵に回してしまうことは避けたい。王子はあれで寂しがり屋な性格だし、今まで王子という位から“友達”がいたことがなくて。私も従者として仕えている立場、決して友達なんて存在にはなれない。だから、ナツキの答えは本当に嬉しいもので、自然と頬が緩む。

「ナマエちゃんはセシル君が大好きなんですね」
「タイセツ、とても。シアワせなるほしい」
「……そうですね。好きな人には幸せになって欲しいですよね」
「ナツキ、カナしい?」
「いいえ。あの、僕、ナマエちゃんとも仲良くなりたいんです」

ナツキと私が。王子より先に仲良くなるなんて恐れ多い。
そう思う反面、私が仲良くなれば経由して王子とも仲良くなってもらえるかもしれないと下心が生まれる。そんなことなくてもナツキなら、と思う部分はあるけれど、王子を最優先にして生きてきた私に、切り離して考えることは今更難しいらしい。

「ナツキ、いいヒト。あったかい、スき」
「ありがとうございます。僕もナマエちゃんと一緒にいるの好きですよ。もっと色んなお話しましょうね!」

柔和な笑みを見つめながら思う、私にも初めての友達が出来たのだと。早く王子にも、素敵な友達がたくさん出来ればいい。アグナパレスで体験できなかった色々なことや、穏やかで楽しい時間が過ぎればいい。あたたかい気持ちを知ることが出来ればいい。心からそう願った。






「遠い外国からきた方を歓迎しましょう。僕の特製クッキーと紅茶、ナマエちゃんのスコーンもありますよ!」

ST☆RISHと呼ばれる彼等と姫様が集まった広い部屋は、趣味のいいインテリアで飾られていた。そして、こちらもまた綺麗にセッティングされたテーブルに置かれた紅茶とスコーン、そして少し焦げてしまったナツキのクッキー。実はほんの少し味見させてもらったけれど、苦味が効いていて私は美味しいと思った。
しかし、王子がカップを取る中、他のメンバーは誰一人手をつけようとしない。私のスコーンどころかナツキのクッキーにも紅茶にも、だ。

「お前、よく簡単に受け入れられるな。何でこんな奴等歓迎しなきゃいけねーんだよ?」

無言が続き場の空気が重苦しくなる中、帽子を被った少年が刺々しい口調で口を開く。彼はこのメンバーの中でも、特に警戒心が強い方なのかもしれない。まるで初めて見るものに警戒して近付かない猫みたいだと思った。

それにしたって、日本語には平仮名カタカナ漢字と様々な種類があるように単語や慣用句だってたくさんある。物言いを考えるくらい、この少年にも出来るはずだろうに。

『よくわからないけど、王子に失礼なことを言っていることはわかります。さっきのことと言い、本当に失礼な人ですね。早くそこの床に這い蹲って謝りなさい。日本にはドゲザというものがあるのでしょう?』
「な、なんかよくわかんねぇけど、土下座しろって言ってんのはわかった。冗談じゃねえ!」
「ナマエちゃんはセシル君のことが大好きだから、翔ちゃんの言い方が悲しかったんですよ。翔ちゃんだって、好きな人のこと悪く言われたら嫌でしょう?」

ナツキが何を言ったのかはわからなかったけど、帽子の少年はうっと言葉に詰まり、バツが悪そうに私から顔を背ける。私としては王子に一言くらい謝罪があってもいいのではないかというのが本音であり、いくら申し訳なさそうな顔をされてもそう簡単に納得できない。

『ナマエ、ワタシは春歌の傍にいられるのならそれでいい。気になどしていません。それより、貴女にはムスッとした顔より笑顔の方が似合いますよ』
『……わかりました』
『それにしてもこの紅茶、とても美味しいですね』
『その紅茶はナツキが王子のために用意してくれたんですよ! 彼の紅茶やクッキーはとても美味しいです! ちゃんとミルクも用意してくれました、いい人です!』

キッチンでの出来事も含め、彼は私の中で完全に優しい人ポジションについている。きっと彼の纏う穏やかな雰囲気が一番の理由だろう。

私もなかなか他人に対して警戒する方だけど、ナツキの場合は気付けばその壁を乗り越えている。それでいて、気遣いも忘れない。目を閉じて想像しても「え、壁なんてあったんですか?」と心底不思議そうに首を傾げる彼の姿が思い浮かぶ。これは彼のいいところであり、人間関係を築くうえで最大の武器とも呼べる。
ほんの少し、羨ましい。

『ナマエはナツキが気に入ったのですね』
『え……はい』
『ナツキなら大丈夫です。彼は本当にいい人ですから』

王子の言葉にどこか気恥ずかしくなって俯けば、頭を優しく撫でられてしまった。姫様への積極性からもわかるように、王子は元来スキンシップの激しいお方で深い意味なく私にも触れてくる。
突然いなくなってしまう前から、変わらないこと。それが無性に懐かしくなって、じわりじわりと胸の奥から抑えきれない感情が込み上げてくる。

『久しぶりにお会いできて、本当に嬉しいです。王子が突然消えてしまって、私……私達は、っ』
『心配をかけてしまいましたね。でも、ワタシも久しぶりに会ったナマエが元気そうで安心しました』
『――セシル王子!』

感極まって王子の首に腕を回し、しがみつく。本当は、一番最初にしたかった。会って無事を確認して、その存在を確かめたかった。周りに人がいるとか関係ない。姫様の前ということも、今だけは忘れさせて欲しい。ただただ、もう一度王子の傍にいられることを実感したかった。

『今日のナマエは甘えん坊です』
『王子には言われたくありません…』
『ワタシの幼馴染みは手厳しい。ほら、泣かないで』
『泣いてません…!』

ざわざわと戸惑い気味の声が混じる中、「いいなぁ。僕もぎゅーってしたいです!」というナツキの場違いなのんびりした声に、思わず涙も忘れて笑いそうになってしまった。


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