色々考えた結果、私一人では結局アイドルとは何かという疑問が解決することはなかった。人に尋ねようかと思ったけど、プロについて勉強している人に訊くことは少し戸惑われた。となれば、レイさん、アイさん、ランマルさん、カミュさんに絞られるわけだが。
彼等はプロだけあってとても忙しそうだった。レイさんはオトヤやトキヤと出掛けて行ったし、アイさんには前回の日本語講座以来会っていないし、ランマルさんはライヴの打ち合わせで大変だと聞くし、カミュさんにはほぼ毎日顔を合わせているけど――主に王子と言い合っているため――尋ねる隙がない。

そして今日にまで至る。後輩組は朝からトレーニング、先輩組はわからないが恐らく今日も忙しいだろう。
もやもやした気持ちを抱えていても、私がすべきことに変わりはない。気持ちを切り替えて仕事しようと振り返った瞬間、笑顔のレイさんが立っていて、思わず持っていた花瓶を落としそうになってしまった。

「従者ちゃん、お疲れちゃーん。驚かせてメンゴメンゴ……ってあれれ? なんか元気なくなーい?」
「レイちゃん…」
「何かあった? もしかしてまたランランに怒鳴られた? それともミューちゃんの甘党についていけなくなったとか? あ、アイアイのスパルタに耐えかねたって可能性が高い?」

レイさんとは身長が同じくらいなので、顔を覗き込むようにされると顔が近い。間近にあるブラウンの瞳がやさしく語りかけるように私を見つめる。どこか、王子の瞳に似ていると思った。

王子の瞳は、本当に不思議な“色”を見せる。私が何も言わなくても、何でも伝わってしまう。喜びも苦しみも悲しみも、良くも悪くも全て気付かれてしまうのだ。見つめられると考えを見抜かれているようで動けなくなって、でも私を映してくれることが嬉しくて。
しかし、そんな王子の不思議な瞳と比べると、レイさんの瞳にこれといって変わったところはない。それなのに、何故か今抱えている疑問を彼に吐き出さなくてはいけない気分にさせられた。

「レイちゃん、アイドルはなに?」
「何って…」
「アイドルはキラキラしてみえる。それはなぜ?」

王子が、ST☆RISHが、目指しているプロという存在。お仕えする者として、王子がなろうとしているものを知っておきたいと考えてはいた。
でも、考えてもわからないまま、これだと思うような表現も浮かばない。エンターテイナーと言ってしまえばそうだが、何か違うような気がする。何故、人はアイドルになるのか。なりたいのか。アイドルとは、一体何なのか。どうすればアイドルになるのか。考えれば考えればドツボにハマり、結局混乱したまま毎回強制終了する。

私の疑問に答えてくれようとしている思案顔のレイさん。数十秒経った辺りで、彼は閃いたとばかりに手を叩き、パチンと綺麗にウインクをして見せた。

「ねぇ、従者ちゃん。これからの予定はキャンセルして、ぼくに付き合ってくれない?」

そしたらわかるかもしれない、なんて言われてしまうと弱いところで。確かに、今日分の仕事もあらかた目処が立っているし、王子は夕方まで戻られない。となれば、私がレイさんの誘いを断る理由はなかった。

改めて待ち合わせ時間を決めて、一時解散する。そして「可愛くオシャレしてきてねん☆」という言葉に従い、以前ショウに選んでもらった服へ袖を通す。長い髪は邪魔にならないようサイドでまとめ上げ、崩れないようにスプレーで軽く固めてみた。
オシャレの度合いはよくわからなかったが、寮の入り口で待っていたレイさんは満足そうに褒めてくれたので、ホッと胸を撫で下ろし彼の車に乗り込んだ。






車を少し走らせ着いたのは高層ビル。洋風の建物だと思っていたら、エレベーターで辿り着いた階は趣ある和の雰囲気で驚いた。和と洋を同居させるなんて発想がすごい。
さらに、通された個室は障子で仕切られており、一面綺麗な若草色とイグサの匂いでいっぱい。畳、初めて見るそれはとても綺麗で、匂いは独特だけど嫌いではない。今まで体験したことない出来事の連続で驚き、そして感動してしまった。

しかし、それ以上に感動したのは、私達が入室してから続々と運ばれてくる料理だった。綺麗な器を飾り、まるで一つの芸術作品のように整えて乗せられた料理。かと思えば、お茶碗の大きなものに入って蓋をしてあるような料理――ドンブリというらしい――まで、種類豊富な料理が所狭しとテーブルへ並べられていく。

「すごい! すごい! レイちゃん、これなにですか!?」
「フッフッフッ……色々ごちゃ混ぜで注文したから見た感じアレだけど、和食で揃えてみました! 多分従者ちゃんは懐石とか堅苦しいのより、こっちの方が好きだと思って」
「アグナにはない! すごい!」
「ミューちゃんが二人の料理には和がないって話してたから、一度日本料理に触れてみて欲しくって。今度は料亭とかもいいかもね」

一度にこれほどの和食、日本料理を見る機会なんてそうそうない。近くにあるスーパーへ食材の調達に行った時、雑誌コーナーで料理本を見た時くらいのもの。料理のレパートリーを増やす意味でも、一度は食べてみたいと思っていた。それが今、私のお腹を満たしているのだ。なんという至福の時。

「ねぇ、従者ちゃん。今、楽しい?」
「はい! すごく! ありがとうございます、レイちゃん!」

初めて口にする料理ばかりで、でもどれも美味しい。もう少し味が濃くてもいいとは思ったけれど、そんな不満は微々たるものである。
もしかしたら、傍から見てだらしなく思えてしまうかもしれないほどに、私は自然と笑顔を浮かべてしまっている。前には目でも舌でも楽しめる料理達、そしてレイさんの笑顔がある。楽しくて、とても嬉しくて。私は何度もレイさんにお礼を言った。

「あのね、従者ちゃん。ぼくはアイドルって、こういうことだと思ってる。皆さ、色んな理由でアイドルを目指してるんだけど、多分根本にある想いはきっと同じだと思うんだよね」
「おなじおもい?」
「そう。皆に楽しんでほしいとか、笑っていてほしいとか、幸せになってほしいとか、そういう単純な想い。それを歌に乗せたり、演技に込めたり方法は違うけど。人にキラキラしてほしいなら、自分はもっとキラキラしなくちゃ。っていうのは、全部ぼくの考えだけどさっ!」

そうして笑うレイさんの笑顔は、やっぱりキラキラして見える。私に楽しんでもらいたいと思った結果の表情だとすれば、さらに眩しく感じられるから不思議だった。

私が疲れている時、王子はいつも慰めてくれた。時には歌で、時には手の中から花を出して。私が突然の出来事に驚くたび、嬉しそうにする王子に理由を尋ねると、あの方はいつも決まって「ナマエが楽しそうだから、ワタシも楽しい。笑顔が一番」と微笑むのだ。
あの時の表情は、今のレイさんのように眩しかったことを思い出す。他人の幸せを喜び、不幸を悲しめる優しい方。まだまだ無知な部分は目立つかもしれないけれど、私の贔屓目なしに王子なら誰よりも輝くアイドルになることができるだろう。

「オウジはだいじょうぶ。すごいアイドルになる」
「従者ちゃんってば、ぼくとデートしてる時もセッシーのこと思っちゃってもうもう! お兄さん妬けちゃうぞ!」
「レイちゃん、なにをやくですか? にく?」
「うーん、ぼく的にはそこじゃない方を気して欲しかったんだけどなぁ」

肩を落としてしまったレイさんを不思議に思い、小首を傾げる。訊いてはいけないことだったかと心配していたのだが、パッと顔を上げ「でもま、お約束だよね!」と言いながらいつものようににっこり笑った。
レイさんは私の言動が面白いと言うけど、彼自身もなかなかよくわからない部分のある人だと、口にはしないが密かに思っている。

「あ、そういえば、従者ちゃんとセッシーって寮では基本的に一緒にいるの?」
「NON。カミュちゃんのしどうちゅうはだめ。あさと、おわったあとにいっしょにいるです。しごとついていくのもだめといわれたです」
「まぁ、セッシーもまだ日本に慣れてないし、従者ちゃんは日本語にも慣れてないもんね」

以前、どうしてもダメかとカミュさんにお願いしてはみたものの、結果は惨敗。上から睨むように見下ろされて「一人で二人も日本慣れしていない奴の面倒をみろというのか?」と口早に言われ、早々に会話は終了してしまった。もっと日本のことを学んだら再チャレンジするつもりだが、あの凄み具合では攻略にかなりの時間を要するだろうことは目に見えている。

「ん……レイちゃん、それ、は?」
「これはお寿司……だけど、そういえばセッシーも従者ちゃんも砂漠出身で魚苦手だっけ」
「こ、これがゆうめいなスシ…!」

ジャパニーズニンジャ、ゲイシャ、サムライ、そしてスシ。これ等は異国にいた私でも知っている、日本の中でもとても有名なものだ。我が国アグナパレスでは考えられないことに、魚を加工しないまま生で食すらしい。これが、砂漠の国と島国の文化の違いなのだろうか。

「大丈夫? お寿司は下げた方がいい?」
「これはだいじょうぶかもしれないです。うごかない。めもない」
「目?」
「さかなはこわい。それはめがギョロギョロ?ととびでているから。これは、ほんとうにうごかないですか?」
「うん、動かないよ。日本の食文化だよね、生魚。抵抗ある人多いみたいけど、チャレンジしてみる?」

元々私は王子ほど苦手ではないし、綺麗な形に切られた赤身が白米の上へ乗せられたこの状態だと恐怖心は煽られない。が、あのピチピチ跳ね、ギョロギョロこちらを見つめる姿を思い出すと多少の抵抗はある。

それでも、滅多に食べる機会のない料理。王子と一緒にいれば食べられそうにない、かと言って一人で食べようと思うほどの勇気もない。レイさんは美味しそうに食べていたし、やっぱり経験として一度は食べてみることにしよう。もし口に合わなければ、その時はまた美味しいものを食べればいい。そう言い聞かせ、勢いよくスシを頬張った。

「おお! 従者ちゃん、おっとこまえ! ヒューヒュー!」
「む……ん、ん!?」
「ありゃ、ワサビ多かった?」
「うぅ、なみだがでてくるです。でも、まずくないです。おいしいです」

多めに入っていたワサビのおかげか、生臭さを感じる余裕がなかった。それがよかったのかもしれない。滲む涙もそのままに、レイさんに感想を述べれば嬉しそうに笑ってくれる。もしもこの赤身の状態で悠々と泳いでいてくれれば、王子もあんな風に怯えずに済むのに。今度こっそり食卓に並べてみたらどんな顔をするだろうか。
いや、魚と気付き涙目で助けを乞われてしまう光景が瞬時に浮かんでしまったし、王子に甘いと自覚のある私が王子に対して荒療治はやはり出来そうにない。苦手を克服してほしいという気持ちはあるけど、思うだけに留めてやめておこう。

それにしても、私の悩みを解決するために、わざわざこんなこともまでしてもらえるなんて思いもしなかった。初めて会った時から、明るく面倒見の良さそうな人だと思ってはいた。それでも、こうして後輩でもない私のことも気にかけ、元気づけてくれて。

「レイちゃん、アイドルのことなんとなくわかったです。あなたのおかげ。ありがとうございました。あなたもまた、やさしいひと」
「うーん、そんなに褒められると照れちゃうなぁ。従者ちゃんが元気になったならよかったよ」

照れると言いつつ顔色は変わらず、頬を掻くレイさんに大きな変化は見られなかった。表情自体はコロコロと面白いくらいに変わるのに、内側に秘められた何かが私には見ずにいる。出会ってまだ少し、彼の本質を知るには至れていないということだろう。ただ、私が元気になったことを本当に喜んでくれていることは、確かに伝わってきた。

「きみからしたら、ぼく達アイドルの笑顔が特別なものに見えるかもしれない。けど、アイドルじゃなくても笑うってこと自体が素敵なことだと思うし、逆に応援してくれる子達の笑顔はぼく達には特別に見えるんだよ」
「はい。オウジとハルカちゃんのほほえみは、とてもいやされるです」
「従者ちゃんの笑顔も素敵だよん。セッシーといる時なんてと・く・に!」
「オウジといっしょはおちつく。いつもちかくでみていたからほっとするです。むねがあたたかくなる。オウジのえがおはせかいいちなのです」

胸を張って言いきれば、レイさんはどこか困ったように笑う。思っていること、考えていることを素直に口にして相手に伝える。私や王子からすれば当然のことなのに。日本ではそれをするたび、周囲の人間は戸惑うような反応を見せることが多かった。
初対面の時のST☆RISHがいい例え。

「ねぇ、前々から思ってたけど、アグナパレスの人って皆愛情表現ストレートなの?」
「なぜ?」
「いや、セッシーもだけど……従者ちゃんも結構大胆発言多いからさ」

私はもちろん、恐らく王子も自分の言葉が大胆などと一度も考えたことがないだろう。思ったこともないはず。

王子は寂しくなった時、私に触れることで甘えてくる。しかし、その行為に他意はないし、他人が見ておかしいと感じても私達にとっての普通なのだ。これは発言・愛情表現に関しても同じこと。
私達は、寂しさを知っている。相手に自分の気持ちを伝えることの大切さも知っている。だからこそ、相手への感謝や好意を曝け出す。もちろん、口にしてはいけない部分等はきちんと弁えているつもりだ。

「それは私たちのセリフです。きもちはあらわさないとつたわらない。ニホンではなぜしないのですか?」
「難しい問題だよねぇ。例えば、ぼくがここで従者ちゃんにほっぺちゅーしたとして、外国じゃ単なる挨拶だけど、日本だと良識がないと思われるんじゃない?」

街を歩けば、手を繋いだり組んで歩く恋人の姿も見かけた。テレビでは恋愛ドラマが放送されていて、さらに濃厚な愛情表現が流れていた。それでも、公衆の面前、人前で愛を囁くことは良しとされない。

「むずかしいです、ニホン…」
「ゆっくり知って、慣れていけばいい。そのためにも、またこうやってご飯行こうか。今度はアイアイ達も一緒に! 奴等に拒否権はなーい!」
「はい! ……あにがいたら、みんなレイちゃんみたいなのですか? 私、ひとりむすめ。なんだかうれしいです」
「お、ホント? じゃあ従者ちゃんのお兄さんに立候補しちゃおっかな!」

セッシーに何てご挨拶しよう、とわくわくしているレイさん。王子は私の主であって、姉弟ではないし挨拶の必要はあるのか考え、私まで笑みが零れた。

きっと、アイドルは何かという疑問に、完璧な答えは存在しない。いくら悩んでも答えが見つからないはずだ。一人一人、違う魅力を持っているのだから。
色んな想いがあって、それを人々へ届けるのが彼等。色んな形があって、それを目視できるようにし、皆へ伝わるように表現するのが彼等の仕事。

アイドルとは何か、アイドルという職業が素敵なものだということがわかった。そんな素敵なアイドルを目指す王子に、今まで以上に何か出来ればという気持ちが強くなった。レイさんがとても面倒見のいい兄のような人だと知った。お寿司が好きかも知れないと気付いた。そんなとある日の出来事。


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