ショウの『ケンカの王子様』、略して『ケン王』出演が決まったらしい。らしい、というのは本人の口から聞いたわけではなく、本人以上に喜んでいそうなナツキが教えてくれたから。ショウは、同じシャイニング事務所に所属するヒュウガさんに憧れてアイドルを目指していたらしく、彼にとって今回の仕事は念願ともいえるだろう。

憧れの人と同じ舞台に立つ。それがいかに喜ばしいことなのか、私には何となくだけどわかる気がした。

しかし、その盛り上がりも過去のものとなり、現在他メンバーはトレーニングルームを心配そうに覗きこんでいる。視線の先にはひたすらエアロバイクを漕ぐショウ。
聞けば撮影中に監督の要望に応えられなかったため、短期間でも肉体作りをしてその期待に応えたいらしい。さらにヒュウガさんの口添えもあったと知り、それもストイックになる要因の一つだと考えられた。

「ナツキ、かなしい?」
「大丈夫ですよ」
「うそはだめ」
「嘘じゃありません。ただ、僕じゃ力になってあげられないと思うと何だか寂しくて」

ショウも男だから、と気にかけつつ解散していくオトヤ、マサト、レン、アイさん、そして姫様。その中で、ナツキだけはその場に留まり依然心配そうに見つめていた。

ナツキは優しい人だ。他人の辛さや苦しさを過敏に感じ取ってしまう。その優しさゆえに、自分が傷つかなくてもいいことで傷ついている。それでもそんな必要ない、これはショウの問題だとは言えない。言えばきっと、彼は悲しそうに笑ってしまうから。

「ナツキといっしょにいると私はげんきになる。ショウ、きっとおなじ。おもうことすると、うれしい」
「……ありがとう。翔ちゃんのこと、やっぱり僕は放っておけません。僕なりに出来ることを見つけようと思います」
「むりはしない」
「ふふ、わかりました。それにしても、日本語随分上手になったんですね」
「アイちゃんのおかげ」

アイさんには本当に感謝している。言い間違えたり理解できないと、辛辣なことを言われるし課題は倍になる。それでも、彼は一度も途中放棄することなく教えてくれた。王子の役に立つためだった勉強も、今では恩に報いたいという気持ちも芽生えつつあるほどだ。

案を考えてみます、と笑顔で去っていったナツキを見送り、トレーニングルームのショウに視線を移す。このまま彼を放って置くことは容易いし、私がそこまで気にかける必要はない。私は王子の従者、王子以外のお世話をすることは城でも極稀。今日も、これから帰宅する王子のお出迎えや晩御飯のお手伝いをしなくてはいけない。

しかし、今の私に放置するという選択肢はなかった。正確には出来ないといった方が正しい。ナツキのこともあるが、一心不乱に何かに向かって励むその姿が重なる。視野を己で狭めて、自分一人で頑張ることしか知らなかった頃の私に。
幸い王子のお出迎えまで時間もあることだし、多少ならショウと話しても問題ないだろう。

「ほきゅうする、ショウ」
「ん、おう。サンキュ」
「はやくねないと、おおきくならない」
「う、余計なお世話だっつーの!」

奪うようにペットボトルを掴むショウに、小さな溜め息が出る。決して嫌いではないが、やっぱり私とショウがナツキのように仲良くなったところは想像に難しい。その理由が、今の私には何となくながらわかる。

どうしようもなく似ている。真っ直ぐで、目の前のことしか目に入らない。心配されていることにも気付かない。例え気付いていても、それによって意見を曲げない頑固なところ。知らない者に対して警戒心を露わにする様子。本当に、小さい頃の私にそっくり。そんなところが、無意識の内で私と彼の間に壁を作っているのだ。

「私、ショウとおなじ」
「は?」
「はやくオウジのやく、たちたかった。あせって……しっぱいした」

あれは、私が城に上がってすぐのことだった。いきなり王子付きになった私は、早く王子の従者として一人前になりたくて、役に立ちたくてがむしゃらに働いた。多少の気だるさは気にも留めず、疲れも気にしない振りをしてひたすら王子のことだけ考えた結果――倒れてしまった。

あの時の王子の悲しそうな顔は、未だ私の胸の中に残っている。小さな手で私の手を握り「もう無理はしないで。これは命令」と震える声で言われてしまった。
王子のためと言いながら、私は王子のことを見ていなかった。幼少から味方の多くない王子の気持ち、理解者が消えてしまうという恐怖を抱いていたことを、自分自身すら見えていなかった私は気付いて差し上げることが出来なかったのだ。

「ほかのみんなとナツキ、いっぱいしんぱいした。ナツキかなしませるのだめ」
「……あぁ」
「がんばるのいいこと。むりはだめぜったい」
「『絶対ダメ』だろ。藍に習ってるから大分上手くなったと思ってたけど、まだまだっぽいな」

苦笑したショウをジッと見つめる。ここまで言っても、彼がトレーニングルームから出る様子はなくて。これ見よがしに肩を竦めて溜め息をついてみたが、ショウはいつものように怒ることはなく、小さく苦笑して私の頭にぽんっと手を乗せた。

「俺はもう少しやってから寝るから、お前はもう寝ろよ。ドリンク、サンキュ」

言って、ショウは姿勢を正して再度漕ぎ始める。その横顔は普段私と言い合う時とは違う凛々しいものだったが、切羽詰まった苦しいものに見えて。わしゃっと少し乱暴に撫でられた頭を押さえ、この先は私が踏み込んでいい部分ではないと判断し、素直に踵を返した。






ショウのトレーニングが続いたある日、エキストラとして撮影に参加していた王子とナツキが戻ってきて「もう大丈夫ですよ」と教えてくれた。ナツキはにこにこ嬉しそうで、見ている私にまで笑顔が移ってしまいそうなほどの満面の笑みを浮かべていて。自然とこちらも笑顔になる。どうやら、ショウは無事監督の期待に応えられたようだ。
でも、その隣でどこかぼんやりしている王子に違和感を覚えた。それとなく理由を尋ねてみても、疲れてしまっただけだからと言われてそれ以上言及することはできず。今は王子が話してくれるのを待つことにした。

「ショウ、これたべる」
「何だ?」
「チーズケーキ。にゅうせいひんすきときいた。あと、おいわい」
「お前が、俺に…?」

珍しく部屋にいたショウがドアが開けて、目が合う。その瞬間、大きな瞳がさらに大きくなって私を映す。アイさんと勉強する時は大体二人が留守にしているから、ショウは私が訪ねてくることなど想像もしていなかったのだろう。それに、私のショウに対する態度がよろしくないことも自覚はあった。

だから、戸惑ってしまうことには頷ける。でも、意外とばかりに何度もケーキと私を見比べる反応には不快感を覚えてもいいと思う。このチーズケーキは、王子達のものと違い、ショウに別途用意したものなのだから。

「オウジ、たいどはきにいらない。でもショウ、きらいではない」
「……何で上から目線なんだよ」
「む。きにいらないのすてる」
「んなこと、誰も言ってねぇだろ。その、ありがとよ。名字が俺にこんなことするとは思ってなかったから、ビックリしたっつーか…」
「おれい、いい。それでは、私はこれでしつれいいたします」

頭を下げたところで、ショウが小さく噴き出す。何もおかしいことを喋っていない、アイさんに教わった通りにしただけのはずなのに、この反応はどういうことだろうか。首を傾げると、悪いと小さく謝られた。

「何で最後だけ妙に丁寧で流暢?」
「りゅ…? アイちゃんが、これはたいせつ。はやくおぼえると」
「あー……アイツ何気に礼儀とかうるさいしな。つかさ、お前が作ったんだし、お前も一緒に食えばいいじゃん」
「……ショウ、私のことすきではない。オウジ、よくおもってない」

虚を突かれたとばかりにショウは目を丸め、バツが悪そうに視線を下げる。依然、王子に接する時のショウは少しピリピリしていることがある。それは姫様がいない時も同じ。初めは無礼だと思っていたが、最近では王子に向けられるそれに気付くたび、悲しくなる。優しく、穏やかで、私のお仕えする大切な王子なのに。何故、と。

「別に、名字のこと嫌いなわけじゃねぇよ。お前の方こそ、俺のこと嫌いなんだと思ってた。セシルのことは……アイドルの素質があるのに、興味ねぇとか言っててムカついたっつーか…認められてねぇだけで、悪い奴じゃないこともわかってるし、別に嫌ってるわけでもない」
「ヒメサマ」
「う、いや……それはだな…」

一瞬にして、ショウの頬が薄らと赤みを帯びる。アイドルは恋愛禁止だとカミュさんから聞いたが、気まずそうな彼の様子はどう見ても王子と同じ意味で姫様をお慕いしているようにしか見えない。

「オトヤ、トキヤ、ナツキ、ショウ、マサト、レン、わかりにくいひといる。でもわかる。みんなヒメサマ、たいせつ」
「それは…」
「私、オウジしあわせなってほしい。ここにいるひと、アグナのひと、せかいじゅうのだれより。オウジはヒメサマがすき、ヒメサマがオウジすきなる。私のねがい。ヒメサマはひとり、みんなのおうえんはしない」

王子のためなら何でもする。絶対言えないけれど、我が身より大事だと思っている。最優先はいつだって王子だ。王子の恋を叶え、それであの方が幸せになるというのなら、他の誰を蹴落としたって邪魔したって構わない。
それでもショウは、そんな私を嫌いじゃないと言えるだろうか。

「確かに、セシルの言動はちょっとどうかとは思うぜ。正直すぎだし、仮にもアイドルの基礎を学ぶことにしたなら少しは自重すべきだろ。でもさ、だから嫌いだとか仲良くできないとかって違うだろ」
「そう…?」
「だったら、那月が七海を好きだったら仲良くなれないのか? 那月がそう言うと思うか?」
「ナ、ナツキはやさしい。そんなのいわない」
「だろ? 俺、初めは名字のことも何だコイツって思ってた。けど、お前も大切な奴のために頑張ってるだけなんだって、ちゃんとわかったし」

まぁ、そういうことだ!と白い歯を見せて笑うショウはどこかスッキリした顔をしていた。私に向けられる笑顔は初めてで、その笑顔がとても眩しく感じられてほんの少し目を細める。

「ここにいる奴等は、セシルのこともお前のことも嫌ってねぇよ。あまりに突然すぎて驚いただけだって」
「ショウは?」
「それはまぁ……セシル次第だけど受け入れるように頑張ってる」
「すごくがんばれ」
「だから、何でお前はそんなに上から目線なんだよ!」

怒鳴る人は苦手だ。気性の激しい人もできればあまり関わりたくはない。ただ、こうでなくてはショウじゃない。王子のことや、ちょっとしたことで私と言い合う位の元気なショウが彼らしい。そうでなくてはナツキがまた心配してしまうし、私も調子が狂ってしまう。

「がんばれ、ショウ」
「……おう」

“頑張れ”に隠された意味に気付いたらしく、照れ臭そうにそっぽを向く。その仕草は彼の癖なのだろうか。

恐らく、ショウとはまた言い合うことがあると思う。でも、決してお互いのことを嫌いだからという理由ではない。それが、私とショウとのコミュニケーションの一つなのだ。


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