白を基調とした部屋の中。緊急召集がかかったこの場にはシンドバッド王、そして八人将が揃っている。今回の議題は無論、昨日ピスティとスパルトスが商船警護の外勤中に発見し、保護したなまえという少女のことだ。

「それで、お前達は話してみて思った?」

実際彼女に会ったのはシン、マスルール、シャルルカン、ピスティ、スパルトス、そして私。ただし、スパルトスは直接彼女と会話をしていないため数には入らない。他の面々も彼女の件は話だけ届いていたようで、表情から各々気にしているのがわかった。

「特に何も」
「俺も悪意は感じませんでしたよ。それに、話した印象も悪くなかったですし…」
「私もです。彼女は本当に記憶を失っていると思いますよ」
「それは俺も同じだが……ジャーファルはどうだ?」

嘘を見抜くことは、元暗殺者である私の得意分野だ。嘘を吐けば必ず何かしらに表れる。例えば瞳孔が開いたり、脈が早まったり、声が上擦る。それこそ、日常で常に嘘を吐き続けていない限り、緊張状態に置かれ、何かしらボロが出るものだ。その瞬間を見抜くこと、私は人より随分長けている。しかし、疑いの目で彼女を見ても、これと言って不審な点は見つけられなかった。

初めに彼女を見つけたのはピスティだったらしい。商船警護の途中、航路に炎上しボロボロになった船が浮いていたという。船員の遺体もある中、なまえさんは一人怪我を負いながらも生きていた。遠目で良くは見えなかったらしいが、発見した時彼女は何者かに襲われており、戦っていたようで。しかも、その戦い方がよくわからない方法で不思議だったとピスティ達は口を揃えた。

「気になる点はいくつかあります。不思議な力、というのが何かわかりませんし、倒したと言う割に武器になるようなものは何も所持していませんでした」
「よく見えませんでしたけど、吹き飛んだって言うか……。ねぇ、スパルトス?」
「そうですね、その表現が正しいと思います」

不思議な力として考えられるのは、“金属器”か“眷属器”、もしくは魔法武器のいずれか。もしくは彼女自身が魔法使いならわからない話ではない。
だが、それならわざわざ“不思議な力”と比喩せずともそう報告すればいいだけの話。それに、船や彼女の持ち物を調べても、どこにもそれらしきものは見当たらなかった。

「それで、報告にあった彼女が男性恐怖症というのは、襲ってきた相手が男だったということですか?」
「そう決めつけるのは早急かと。襲った相手の遺体は見当たらなかったそうでわかりません。元々そうだった可能性も捨てきれませんよ」
「男を怖がっている振りという可能性は?」
「ないでしょう。あの取り乱し様は尋常ではありませんでした」

ピスティは顔を曇らせて俯く。恐らく、今の私も似たような表情をしているのだろう。なまじ顔つきが幼い彼女が涙する姿は、見ていて気持ちがいいものではなかった。
一瞬にして真っ白になった顔色、大量の脂汗、見ているだけでわかる震え、治まることのない涙。記憶喪失の真偽はともかく、あの反応に嘘偽りは一切感じられなかった。

「少なくともアル・サーメンではありませんね。それに、私が用意したスープも、迷いなく口にしていました。危険性がゼロとは言い切れませんが、限りなくゼロに近いでしょう」

如何せん、なまえさんについての情報が少なすぎて現状では判断できない。万が一、シンや国に悪影響する力だった場合、彼女自身に敵意がなかったとしても野放しに出来ない。“不思議な力”の正体さえ解かれば、ここまで彼女を警戒する必要もないというのに。

早い話が、彼女がシンドリアにとって不利益な存在、危険人物でなければいいだけのこと。やはり鍵は、ピスティ達の言う“不思議な力”だろう。

「そのなまえという人は今話せないのですか?」
「意識ははっきりしています。医者によれば怪我も火傷と打撲が主だそうで、命に別状はないそうですが…」
「この場へは呼べぬのか?」
「それは俺が許可しなかった。まだ傷も癒えぬ身だ、本当に記憶喪失の場合もあるだろう」

記憶喪失者をそうであるか、そうでないかを見極めるのは非常に困難なこと。これは会話をして、言葉の端々から様子を窺うしか術がない。もしくは、最終手段としてヤムライハが透視魔法を行うか。ただ、私としては狼狽え戸惑い、涙する彼女に薦めるのは気が引けるというのが正直な気持ちだった。

「現段階で彼女についてわかっているのは、以下の点です。東の大陸の住人、記憶喪失、男性恐怖症、不思議な力を持っている。ただし、いずれも事実か確認することは難しいのが現状です」
「結局は、なまえという名前しかわかってないわけか」
「何故彼女が東の人間だとわかったんですか?」
「服です。まぁ、燃えていたり切れていたりで、正確さには欠けますが」

目の前に置かれた服は、船員のもの、彼女自身のもの。どちらも露出が極端に抑えられたそれは、記憶違いでなければ東の大陸を中心として着られていたはずだ。

「では、ジャーファル。お前は引き続き怪しい点がないか、彼女の傍についていてくれ。男性恐怖症相手に男だけじゃ可哀想だ、ピスティも様子見を頼む」
「仰せのままに」

ピスティと共に礼をとり、シンの一言でその場は解散となる。散り散りに部屋から出て行く他の八人将の背中を見送っていると、隣から囁くように問いかけられた。

「ジャーファル、難しい話を差し引いて考えればどうだ?」
「……白、かと」

少し話しただけだが、彼女は決して悪い人間ではない。その返事に満足そうに頷くシン。きっとこの人の中では、彼女はもう危険分子ではないと判断しているのだろう。もしこれで本当に彼女が暗殺者やスパイだったら、この国に害を為す人物だったらこの方はどうするおつもりか。

「損な役回りをさせて悪いな、ジャーファル」
「仰せのままに、王よ」

次いで気にする必要はないのだと笑えば、シンは苦笑い。これが私の務め。シンドバッド王への忠誠を誓う私からすれば当然のこと。命じられずとも、身元のわからない彼女を独自に探っただろう。それが、シンの従者として彼を支える私の仕事なのだから。






「おはようございます、なまえさん」
「あ、おはようございます、ジャーファルさん」
「気分はいかがですか?」
「大分いいです。怪我は、やっぱり少し痛みますけど」
「そうですか。それなら、今後のことを少しお話ししても大丈夫そうですね」

リラックスしていた彼女が、身体を起こして背筋を伸ばす。寝たままでいいと言っても彼女は頑なに譲らないので、結局私が折れ、そのまま話を進めることにした。

硬い表情の彼女に、先程の会議で決まった私とピスティの話をする。すると、表情が幾分柔らかくなった。確かに宮中で彼女と一番接しているのは私達だから、その反応も仕方がないかもしれない。それでも、ここにシンやシャルルカンがいなくてよかったと心の底から思う。あの二人が見たら、きっと色々面倒なことになったろう。

「お手数おかけしてしまいますけど、よろしくお願いいたします」
「私達はずっと君の傍にいることは出来ませんが、何かあれば侍女に声をかけてください」

扉の近くで待機してもらっていた侍女に声を掛ければ、彼女は恭しく礼をとる。もし彼女がいない時に用が出来ても外に見張りが立っているのだが、それはなまえさんには聞かせない方がいいだろうと判断し、口を閉じた。

「それから、基本的には私以外の男が入れないようにしておきます。私もなるべくなまえさんに近付かないように心掛けますね」
「すみません。でも、ジャーファルさんでほっとしてます」
「え?」
「だって、ジャーファルさんは優しい人ですから」

にこり。私は、そんな真っ白い笑顔を向けられていい人間ではないし、優しい人間でもない。もしその言葉通りの人間だったなら、頭の中で君を客観視して観察したりしないし、怪しい点がないか荒探しなどしたりしないだろうから。



「#オリジナル」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -