ピスティさんとジャーファルさんの騒ぐ声、そこに知らない声が加わっていることに気付いて身体を起こす。寝ぼけ眼を擦りながら周囲を見回せば、二人の背中と知らない男性が三人立っていた。

「お前がなまえか! うん、これは将来いい女になるな!」
「シン様! 彼女、脅えていますよ!」
「っていうか、何でここにシャル? 終業時間過ぎてるのに」
「いや、だってよォ……保護したのが同い年くらいの女って聞いて気になっちまって」
「スパルトスは?」
「アイツは女苦手だしな」

騒がしい四人の後ろ、一番黙っている赤い髪の人と目が合ってしまった。その人はこの場にいる誰よりも背が高く、誰よりも身体がたくましく、誰よりも無表情で。言ってしまえば見た目がものすごくコワイ。自然と身体が震え始め、それを見られたくなくてシーツに潜り込んだ。

「……マスルール、貴方ちょっと後ろ向いて離れていなさい。シャルルカンも離れてください」
「はあ……わかりました」
「ジャーファルさんが言うなら仕方ねぇか」
「なまえ、もう大丈夫だよ!」

二人が離れたことを確認し、ピスティさんとジャーファルさんはゆっくり私の前から退く。彼は昨日のこともあって気を遣ってくださったのか、二人と同じ場所まで下がっている。そして、三人より一歩前に出た状態になった身形のいい男性は、にっこりと太陽のような笑顔を浮かべた。

「俺の名前はシンドバッド! 七海の覇王、シンドリアの国王だ。ここは俺の王宮の一室で、なまえは今俺の保護下にある。安心して怪我が治るまでゆっくりするといい。何かあったら遠慮なく頼ってくれ」
「お酒を飲んでない時にね」
「そうそう。なまえさん、お酒を飲んだ王に近付いちゃダメですよ。食べられてしまいますからね」
「お、お前等なぁ…」

腰より長い紫の髪を靡かせるシンドバッド様は、確かに王様らしく気品が漂い、背筋を伸ばして大きく構えている。だというのに、横槍を入れる皆さんへの対応にはとてもフレンドリーで。王と聞いて、髭を蓄え、玉座に座るもっと厳格な人物を瞬時に思い浮かべていたから良い意味で驚いてしまった。

「そして、俺はシャルルカン! 横のムッツリはマスルールだ。よろしくな!」
「どうも」

シャルルカンと名乗った肌の黒い男性は、王様を押し退ける勢いで身を乗り出す。マスルールさんはその場から動かず、首だけを此方に向けて小さくお辞儀をするだけで留まる。先程私があんな態度をとってしまったからだろうか。非常に申し訳ない気持ちでいっぱいになる。尤も、今も目が合っただけで指先が震えてしまっているのだけれど。

「なまえと言います。失礼ながら思うように身体が動かず、このまま話させていただきます。助けてくださり、ありがとうございました。それから、条件反射とはいえ失礼な態度をとってしまい、申し訳ございません」

本来ならば、跪いて助けていただいたことに感謝しなければならないのに。自分のことやシンドリアのこと、何もわからない。でも、今私がこうしていられるのは助けてくださったピスティさん達、そして保護してくださったシンドバッド様のおかげなのだから。

「見た目と年齢は合わないものだな」
「王は彼女の年齢がわかるんですか?」
「ふむ、幼く見えるが……恐らくピスティより上くらいだろう。俺の勘は当たるぞ!」
「こと女性に関しては、が抜けてます」
「そう褒めるなって」
「褒めてません!」

ぼんやりしている間も、皆さんのやりとりは熱を上げていく。シンドバッド様とジャーファルさんの会話にシャルルカンさんが加わり、マスルールさんが茶々を入れる。いつものことなのか、ピスティさんは仲裁に入ることもなく笑顔で見守っている。止めなくていいのかと、そっと彼女の様子を窺えば、小首を傾げてにこりと笑ってくれた。

「ごめんね、騒がしいでしょ。でもね、楽しい人ばっかりだから!」
「大丈夫です。こうして喋ることで、私の不安を拭ってくださってるんですよね」
「……なまえってば大人ね」
「私はまだまだ子供です。だから――」

あれ、何を言いたかったんだろう。自分でもわからない。どんなに考えても言葉の続きが出てこなくて、誤魔化すように小さく笑う。すると、ピスティさんはキョトンと目を丸め、すぐに笑い返してくれた。

「なまえ、大変だろうが焦らなくていい。俺は女の子の味方だぞ!」
「ハイハイ。シンはそろそろ執務に戻ってください。マスルール、シャルルカン、後は頼みますよ」
「……ッス」
「じゃあ、またな」

二人に背中を押されるようにしてシンドバッド様は部屋から出て行かれた。と思ったら、扉が閉まる直前、凜とした声が届いた。こちらへ背を向けたまま喋る彼の雰囲気は、少しだけ堅い気がして、自然と背筋が伸びる。

「――真面目な話」
「?」
「ここに危険なことはない。君を傷つけようと考える者も、命を奪おうとする者もいないさ。俺が保証しよう」
「……はい」
「記憶は、身体をちゃんと治してから探せばいい。焦ったってどうしようもないことは山ほどあるんだ。今は心も身体も静養が必要な時、ゆっくり休め」

静かに閉められた扉。無意識に息すら止めていたらしく、緊張の糸が切れると同時に大きく息を吐く。フレンドリーな王様だという第一印象は変わらないけれど、先程の厳粛な雰囲気は、まさしく想像の中の王様のそれだった。

「まったくあの方は…」
「シンドバッド様は、素敵な王様ですね」
「えぇ。あの方だからこそ私達は忠誠を誓い、シンドリアの民も慕っているのです」

そう語るジャーファルさんの横顔、ピスティさんの表情がとても穏やかだと気付く。お二人は本当に王を慕っているのだろう。その眼差しは、今この部屋にいないシンドバッド様に思いを馳せているのか、優しく細められていて。まだよく知らない私が見ても、彼のことを大切に想っていることが確かに伝わってきた。

「ピスティさんもジャーファルさんも、シンドバッド様が大好きなんですね」
「好!? あの、出来ればその表現はやめてもらえますか」
「え?」
「あれあれ、ジャーファルさんってば図星で照れてるんですか?」
「ピスティもからかうんじゃありません」

腰にくっついてからかうピスティさんを軽くあしらいながら、ジャーファルさんは額に手を当てて溜め息を吐く。そんなにあの表現が気に入らなかっただろうか。

「あ、わかりました。愛してるんですね!」
「……もうそれで結構です」
「わぁ、ジャーファルさんいい笑顔だね」



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