今日は久しぶりに女子でお茶会、俗に女子会と呼ばれる集まり。ピスティとヤムさんの非番が重なるなんて珍しいから貴重な時間だ。
いつもなら集まってすぐ和気藹々とお喋りを始めるのに、今の私にはその余裕がなくて、部屋へ入って早々テーブルに突っ伏す。次いで漏れてしまった溜め息に、ヤムさんが苦笑いした。

「おっつかれー」
「ピスティ、そんないい笑顔で言われても労られてる気がしないよ…」
「しっかり者なのにたまに抜けてて笑顔に癒されるって密かに人気あるんだよね、なまえ。なまえには悪いけど、噂の真実知ってる側からすると見てて面白いんだもん」
「も、もう少しオブラートに包んでください」
「でも、嬉しい悲鳴なんじゃない? デートに誘われるなんてさ」
「そうよね。ジャーファルさんとの破局説が広まったからかしら?」

“デート”

それは、今までの私にはあまり馴染みのない単語だったけれど、今の私には無関係ではない言葉になってしまった。

最初の内は、フラレてしまったと噂が流れた私を慰めてくれているだけだと思っていて。「元気出して」とか「話を聞こうか」とか、そんな元気付ける言葉をかけてくれ、シンドリアの人はあたたかいなぁと暢気に思っていた。
でも、その内に会話が妙な方へ流れていくことに気付いた。声をかけてくれる人の半分は男の人で、さらにその半分の人達は「気分転換にどこかへ行きませんか?」と誘ってくれるのだ。それは善意だと思っていたけど、ジャーファルさんとの噂はデマだからと断ってもなかなか引き下がってもらえず。困ってピスティに相談したところ「それってデートのお誘いだよ!」と指摘されて以来、きちんとお断りするようにしている。

「それは……お気持ちは嬉しいですけど、困ります」
「まぁ、なまえはジャーファルさん一筋だしね」
「一筋って…」
「今更照れることないわ。避けられてた時あんなに泣いて取り乱してたら、どれだけ好きかなんて言わなくてもわかっちゃうもの」

もしピスティの言うように好意を寄せてくれているのだとしても、私には好きな人がいる。しかも、その人も私を好きだと言ってくれて。私の隣にジャーファルさんがいて、ジャーファルさんの隣に私がいる。想像するだけで、こんなにも幸せになれるのだ。こんな気持ちになるのは初めてで、きっとあの人以上に好きになれる人はいないとさえ思う。
だから、今の私には他の人をそういう対象として見ることはできないし、何よりそんな気持ちでデートを受けるなんて相手の人に失礼でしかない。

「なまえ、今ジャーファルさんのこと考えてたでしょー?」
「え、どうしてわかったの?」
「幸せそうな顔してたわよ」
「羨ましいなぁ。恋人同士になって幸せいっぱいって感じでさ」
「へ…?」

ピスティの言葉に思わず首を傾げる。ジャーファルさんに避けられていた時相談に乗ってもらってお世話になった二人には、告白したことを報告していた。どうしてあんなに悲しかったのか、好きだから悲しかったんだってわかった。その本音を全部ぶつけて和解できた、と。

「確かに告白はしたけど……私、ジャーファルさんと付き合ってないと思うよ?」
「えぇ!?」
「でも、フラレたわけでもないのよね?」
「……そもそも、恋人ってどうしたらなれるものですか?」

今の私とジャーファルさんにとって、その区切りは曖昧なものだと思う。
あの時は気持ちは伝えたくて、約束を交わすことができて、それだけで心が満たされていた。恋人になりたくないわけじゃないけど、好きだと言ってもらえただけで嬉しかったし、ジャーファルさんとお付き合いなんて考えもしなかった。

「両想いだってわかったら、かな?」
「ちゃんと付き合おうって言わなきゃ伝わらない人もいるんじゃない?」
「相手に気持ちを伝えて、好きって返してもらえたら、その時点で恋人なんでしょうか?」

再度繰り返したその質問に、ピスティとヤムさんは顔を見合わせて瞬きをするだけで答えてくれなかった。何かおかしな内容だったかと思い返してみても、特にこれといって変な部分はなかったように思う。

「ちょっと訊くけど、ジャーファルさんに好きって言われたの?」
「え、あ……はい、一応」
「なら付き合ってるんじゃん! ね、ヤム?」
「そうね、恋人と考えていいと思うけど」
「で、でも私、相変わらずジャーファルさんが近付くと勝手に身体が震えちゃって……好きなのに、だから…」

もしすでに私とジャーファルさんがお付き合いをしているとして。自分のことが怖くて、触れられない。そんな恋人をジャーファルさんはどう感じているだろう。
あの人は優しいから直接私に言えないだけで、内心は不満に思っているんじゃないだろうか。口では好きだと告げて好意を表せても、相変わらずジャーファルさんに触れるどころか近付くこともできなくて。いつか見限られて、嫌われてしまうのではないか。そんな人ではないとわかっていても、自分ではどうしようもない不安を抱かずにはいられなかった。

「ねぇ、なまえ。記憶を取り戻したい?」
「それは、もちろんですけど……突然どうしたんですか?」
「何があっても? もし取り戻したい記憶が辛く悲しいものだとわかっても、思い出したい気持ちは変わらない?」
「ヤムさん…?」

突然変わった会話の内容、そしてそれ以上にガラリと変わった雰囲気に背筋を伸ばす。質問の意図はわからないけれど、この問いかけにはとても大切な意味があるような気がした。
真っ直ぐ私を見据えるヤムさんの真剣な瞳に息を呑む。すると、隣に座っていたピスティがきゅっと私の手を握ってくれる。彼女を見れば、「大丈夫だよ」といつものように笑ってくれた。

「覚悟は、あります。私は過去を思い出したいと願いました。どんなに辛くても受け止めようと、食客になった時に覚悟を決めています」
「……そう、わかった」

フゥ、と重い息を吐くヤムさん。様子がおかしいのはヤムさんだけじゃない。さっき笑いかけてくれたピスティもどこか浮かない表情で俯いているし、彼女と繋がっている手が微かに震えているような気がする。

「貴女のいたかもしれない国、正確には島が見つかったわ」
「本当ですか…!?」
「えぇ。でもね、決して喜べることばかりじゃないの」



「その国は、見つけた時すでに――滅んでいたのよ」



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