宴も酣、今日は緊張と男の人が普段より多いせいもあって、お酒を飲むペースが速かったのかもしれない。いつもより身体が熱くなるのが早いし、少しくらくらする。
ヤムさんはシャルルカンさんと喧嘩中、ピスティはそれを見て笑っているし、スパルトスさんは仲裁とそれぞれ忙しそうで。邪魔をしないように気をつけながら、酔いを醒ますための静かな場所を求め、そっと席を立った。

「綺麗な月」

いつも見上げている月に比べて、今日は少し青っぽく見える。下が松明の明かりで赤くなっているから、目の錯覚でそう思えるのだろうか。何にせよ、神秘的でとても綺麗なことに違いない。

何となく辿り着いたバルコニーだったけど、涼しい風が吹くし、何より人気がなくて居心地がいい。どこをどう歩いて来たのかまったく覚えていないけど、下の方で騒ぐ八人将やシンドバッド様達の姿を確認できて。先程まで自分があそこにいたことを思い出して、自然と笑みが零れた。

「まったく、本当になまえさんは放っておけない人ですね」
「ジャーファルさん…?」

声だけで判断して名前を呼んだけれど、振り返ると思った通りジャーファルさんが入口付近に立っていた。どうしてここにいるんだろう。

「君は男性恐怖症と言う割に、男への警戒心が薄いような気がします」
「そんなことないと思いますよ」
「いいえ、そんなことあるから言っているのです。花をくれた時といい、誰にも告げずふらふらと一人でこんな所へ来て。ここへ来る時、君の跡をつけていた人がいたことに気付いていなかったでしょう?」
「そうなんですか?」

首を傾げると、ジャーファルさんはやれやれと頭を抱えて溜め息を吐く。その様子が何だか子供を心配する親のように思えて、思わず笑ってしまった。すると、一瞬キョトンと目を丸めた彼は、仕方なさそうに眉を下げてゆっくり近付いてきた。

「なまえさん、少し酔っていますね?」
「えーと……多分。少し足元がふらついてる気もするから…」
「落ちかけても助けられないので、手摺りはしっかり握っていて下さいよ?」
「え、酷いです」
「私が君に触れていいなら問題ないのですが、それは難しいようなので」
「それは、優しいのか優しくないのか判断に困りますね」

隣に並んで立つその距離は、いつものジャーファルさんからは考えられないほど近くて。手摺りに乗せられた手は、どちらかが動かせばいとも簡単に触れられるような距離しか空いてなかった。いつもの私ならここで反射的に身を引いてしまうのに、それもない。
もしかしたら、アルコールが回って思考や反応が鈍くなっているのかもしれない。そんなことを考えながら、ぼんやりと隣で月を見上げている彼の横顔を見つめる。

「ジャーファルさんも酔ってます?」
「そうですね、そうかもしれませんね」

彼らしくない行動はアルコールのせいじゃないかと推理したものの、ジャーファルさんの口調はしっかりしているし、顔も赤くなっていないし、真っ直ぐシンドバッド様達を見下ろしている。パッと見て、まったく酔っているようには見えなかった。

「シンドバッド様はよろしいんですか?」
「そろそろ戻りたいのですが、如何せんもう一人世話を焼かせる子がいて、なかなかそうもいきません」
「……子供扱いしないでください」
「誰とは言っていませんよ」

明らかにからかいを含んだ声色にムッとする。誰かなんて言わなくても、ここにいるのは私とジャーファルさんの二人だけ。彼自身を抜けば、残るは私一人しかいないのだ。冗談ですよ、と謝ってくれたけど、その横顔はまだ笑っているように思えた。

「そんなこと言うなら、羽ペン返してもらっちゃいますよ」
「それは困りますね。なまえさんからいただいた大切な羽ペンですので。本当に冗談だったんですよ、気に障ったのならすみませんでした」
「……ジャーファルさんには敵いませんよ、もう」

嬉しさを悟られないように、ぎゅっと手を握り締める。そんな風に言われたら、許さないわけにはいかない。尤も、初めから怒っていなかったし、ジャーファルさんが冗談で言っているのもわかっていた。
でも少し、ほんの少し、私をからかったことに対して仕返ししたくて。仕返しになればいいと、何となくペンの話題を振っただけだったのに。私の贈った物を『大切』にしていてくれていることが、とても、とても嬉しい。

「そういえば、先程言い忘れたことがありました」
「?」
「普段のあの服もいいですが、そういった服装もいいですね。白い肌が映えていて、とてもお綺麗ですよ」

そこで、ようやくこちらを向いたジャーファルさんの瞳の中に私が映る。たったそれだけのことが、ひどく恥ずかしいことのように感じられて。何故この人は、こんなに気恥ずかしい台詞をいとも簡単に言ってしまえるのか。以前服をいただいた時だって照れる様子もなく褒めてくれて。これが、経験値の差、そして歳の差というやつだろうかとぼんやり思う。そして、理由もわからないまま寂しい気持ちに襲われた。

「やっぱり、落ちかけたら助けてください」
「……それは、触って欲しいという解釈でよろしいですか?」
「……ジャーファルさん、大分酔ってる、でしょう?」
「では、そういうことにしておきましょうか」

それから、下の階でシンドバッド様とシャルルカン様が飲み比べを始めて大騒ぎするまで、二人並んだまま青い月を見上げ続けた。
結局、手摺りの上に並んだ二つの手が触れることはなくて。それを寂しい、残念だと思ってしまうなんて、大分酔ってしまっていたのは私の方だったのかもしれない。



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