今回南海生物を見事倒したのは、ジャーファルさんだったらしい。私もその活躍を見たかったと思いながら、楽しそうにその時のことを語るピスティの後ろについて歩く。

「ねぇ、ピスティ。謝肉宴の準備手伝わなくてもいいの?」
「いいのいいの。私はなまえを綺麗にするのが仕事だから」
「ピスティが私を?」
「うん! 前に話したでしょ。女の人は綺麗な衣装着て、男の人に花を配るの」
「それは覚えてるけど……私もやらなくちゃいけない?」

謝肉宴はシンドリアでの初めての行事なので参加してみたい。でも出来れば、男の人とはなるべく関わりたくない。いつまでもそんなことでは困るとわかっていてもコワイものはコワイ。
謝肉宴ということは、きっとお酒も振る舞われるはず。アルコールの入った人が妙に近付いてくることは、酒場で酔っぱらったピスティ達を見て経験済み。花を配るということは、それなりの距離で受け渡しを行うだろうから不安で仕方がない。

「せっかく衣装用意したのに着てくれないの?」
「え、もう!?」
「うん! 帰りにヤムと相談して、ヤムがなまえを呼びに行くはずだったんだけど…」
「そのヤムさんは、研究が失敗して落ち込んでたね」

彼女が出て行った後のメモを渡すと、目に見えて表情が曇ってしまった。それを慰めていたところへ、ピスティが私達を迎えに来て。でも、ヤムさんは失敗してしまったビーカーとメモをいつまでも見比べていたので、諦めて先に部屋を出てしまった。

「どうしてもだめ?」
「き、着るよ! もちろん着るからそんな目で見ないで!」
「本当に弱いね、なまえ」
「そんなつぶらな瞳で見上げられたら、わかってても罪悪感でいっぱいだよ」

やっぱり、ピスティのうるうるしたあの瞳を見ると何とかしてあげたくなってしまう。それが例え、相手の思うツボだとわかっていてもだ。これも彼女のことが大好きだからだろうなぁ、なんてことは照れ臭くて言えないけれど。

「普段飾らないなまえを綺麗にしようって話だから、飛び切り綺麗にしたげるからね!」

そんなわけで用意された衣装に着替えてみたはいいものの、いざ着てみて卒倒しそうになった。単純に、これは服とは呼ばないと思った。胸を強調するようなデザイン、剥き出しの腕、露わになる腹部。隠れていると言えるのは胸と脚部のみ。シンドリアは気温が高いし風邪は引かないから安心して!とピスティが笑ったけど、そういう問題ではない。
まず、シーツに包まって格闘、シーツを剥ぎ取られて部屋から出されそうになってまた格闘。結局、迎えに来たヤムさんまで加わって引きずり出されてしまった。

「ヤムさん、黙って動かないでくださいね! ピスティも絶対離れないで!」
「えー? そう言われると離れたくなっちゃうんだけど」
「ピスティ、意地悪言わない。この子、本当に必死みたいだから」
「はーい」

ヤムさんにしがみつき、後ろにピスティをくっつけている私はさぞおかしい人に見えるに違いない。けれど、隠さなくてはいけない部分しか隠れていないこの衣装を、平然と着こなす度胸はなかった。






「おお、お前達! 待っていたぞ!」

ヤムさんが歩くと皆が道を開けてくれるので、男の人と接触がなくて密かにほっとする。しかし、安心したのも束の間。流石に国王の前で隠れているわけにもいかず、覚悟を決め、恐る恐るヤムさんの後ろから出てシンドバッド様に礼をとった。彼の周りには私と同じ衣装を身に纏った、綺麗な女の人達。宴は始まったばかりかと思っていたのに、彼の周りだけは違うようだった。

「なまえ、衣装はどうだ?」
「素敵な服だと思います、けど……落ち着きません。普段こんなに肌を出すことがないので、出来ればいつもの服に着替えたいです」
「まぁ、なまえの服は露出がほとんどないから仕方ないかもしれんな。だが、よく似合っているよ」

これを機に慣れたらどうだ?と笑顔で言われては、これ以上何も言えない。ピスティが用意してくれていたお花をシンドバッド様に渡して、身体を縮めて腕で肌を隠しながら、どこかへ行ってしまった二人を捜す。ほんの少しシンドバッド様と会話しただけなのに、その僅かな時間で一体どこへ行ってしまったというのか。

キョロキョロ周囲を見回しているうちに、官吏の人と目が合ってしまい、反射的にお辞儀をする。しかし、次いでその人がこちらへ向かってくるのが視界の端に映った。酔っているのか、その頬が赤らんでいるのがわかり、気付かなかった振りをして踵を返す。刹那、目の前に見覚えのある官服が現れて足が止まった。

「なまえさん、これをどうぞ」
「え、わ……ジャ、ファル、さんっ!」
「羽織っておけば少しは隠せるでしょう」

目の前に立っていたのは、笑顔を浮かべたジャーファルさん。もしもこれが彼相手でなければ、私は楽しい宴の最中に悲鳴をあげるどころか泣いてすらいたかもしれないと、大袈裟でなく思う。
再度どうぞ、と差し出されたショールは薄手だったけれど、それでも確実に肌の露出は防げる。今着ている服は肩も腕も背中もお腹も出ているし、密かに懸念していた火傷の痕もきっと隠すことができるだろう。

「すみません、近かったですね」
「だ、だ、大丈夫です…。ありがとうございます。振り返った瞬間ジャーファルさんがいると思わなくてビックリしました」
「私も、声をかけようとした時に振り返ったので驚きましたよ」

久しぶりに会ったジャーファルさんは、何ら変わりなくて少しほっとする。一瞬私の背後に視線を移したジャーファルさんにつられて振り返ると、そこには誰もいなかった。いや、周りは人で溢れているのだから語弊がある。先程こちらへ来ていた官吏の人がいなくなっていたというのが、正確だろう。
理由はわからないけれど、どうやら席へ戻ってくれたらしい。ふっと噂のことが頭を過ぎったものの、それは思い出さなかったことにした。

「今日はお疲れ様でした。よろしければ、お花をどうぞ」
「おや、私にくださるのですか?」
「はい。配る分をピスティから渡されていたので。と言っても、シンドバッド様の分と余分の一つだけなんですけど。ジャーファルさんがお嫌でなければ…」
「嬉しいですよ。ありがとうございます」

手元に残されていたお花を渡せば、ジャーファルさんはにっこり笑ってくれる。それが嬉しくて、私も笑い返す。彼は本当に優しい笑い方をする人だと思う。穏やかであたたかい、落ち着かせてくれる、まるで包みこんでくれるような微笑み。安心していいんだよ、と言葉にせずとも表情だけで伝えてくれるようで、私は好きだった。

「なまえ!」
「あ、ヤムさん! どこへ行かれてたんですか…!?」
「それはこっちの台詞よ! 飲み物を取りに行ってる間にいなくなるんだもの、肝が冷えたわ」
「では、私はシンのお守に戻ります。なまえさん、くれぐれも酔っ払い達には気をつけてくださいね」
「はい! ありがとうございました!」

ジャーファルさんの背中を見送り、今度こそ離れないようにとヤムさんにピタリとくっつき、席をとってくれていたらしいピスティの元へ向かう。すると、そこにはシャルルカンさんもスパルトスさんも、マスルールさんもいた。少し離れた席にはドラコーンさんとヒナホホさんが並んで飲んでいるのが見える。自由席ということで知らない人がいるのではないかという不安は、一気に吹き飛んでしまった。

「あれ、なまえのそれどうしたの?」
「これは、さっきジャーファルさんが渡してくれたんだよ。これで少し隠せるからほっとした」
「隠すことないのにー。ね、スパルトス?」
「……」
「ね、スパルトスー?」
「だから、そういうことを訊くなと言っているだろう」

顔を覗き込んでくるピスティから逃げるように視線を逸らすスパルトスさん。彼がそういう話題を苦手だと知っていてからかうのはいつものこと。背の小さい彼女が大きな彼に絡んでいるところを見て、思わず和んでしまうのは私だけだろうか。
密かに微笑ましく見守っていると、隣でお酒を呷っていたシャルルカンさんがニヤリと笑ってスパルトスさんの肩を抱いた。

「んなこと言ってよォ、スパルトスも実はムッツリなんだろ?」
「あら、シャルルカンと一緒にされたくないわよね。あぁ、アンタはムッツリじゃなくてガッツリだっけ?」
「んだとこのバカ女!」
「何ですって!?」

あぁ、また始まってしまった。恐らくそれは、この場にいた誰もが同時に思ったことだろう。いつものように睨み合い、悪口を言い合う。その様子は小さい子供のケンカみたいで、最近はむしろ仲がいいからケンカしているようにも思えてきた。

「今日は放っといてもいいんですか?」
「もう少し本格化したら止めるさ。それより、なまえも大変そうだな」
「でも、それ以上に楽しいです。とっても!」
「それならもっと飲もう!」

カンパーイ!とはしゃぐピスティ。あまり飲み過ぎるなと宥めるスパルトスさん。乾杯という声が聞こえたのか、ケンカを中断して混ぜろと入ってきたシャルルカンさん。そして、口いっぱい食べ物を頬張っているマスルールさんにシャルルカンさんの悪口を言っているヤムさん。
初めての謝肉宴はとても楽しくなりそうだ、と私もお酒を取った。





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