真新しさゆえの匂い、硬い布、汚れ一つない衣装。袖を通すのも勿体ない気がするほど綺麗だったけれど、せっかく作ってもらったのだから着なければ相手にもジャーファルさんにも申し訳ない。

「これで、合ってるのかな?」

いまいち着方に不安は残るものの、一応それらしい形にはなっていると思う。
くるり。その場で一回転してみる。品のいい鮮やかな浅黄色の生地、裾に施された白地を飾る金糸の装飾が動きに合わせて揺れた。帯紐もひらひらと舞う。この服装に似合うと思って結い上げた髪も同時に靡く。それが面白くて何度も何度もその場で回る。
いつまでもこうしていられそうなほど楽しいけれど、いい加減ヤムさんのところへ行かなくてはならない。おかしいところがないか最終チェックをしている時だった。ノックもなしに、いきなり扉が大きく開いた。

「なまえ! どういうこと!?」
「え…」
「ジャーファルさんと付き合ってるって本当? どうして教えてくれなかったのよ!」
「――え?」

ジャーファルさんが付き合ってるって、私が知ってる人とだろうか。でも、今ヤムさんはおかしなことを言っていたような気がする。誰が、誰と。もう一度言ってもらおうとしても今の彼女達は聞く耳を持っていないらしく、喋り続けてまったく止まってくれない。

「あ、それが噂のプレゼント!?」
「ジャーファルさんって、プレゼントとかするのね」
「というより、仕事以外に興味あったんだね! ビックリだよ!」

質問しておいた割に、私の返事など聞かずに二人はどんどん話を進めていく。何とか二人に落ち着いてもらわないことには、質問に答えるどころか話すことも出来やしない。興奮気味に騒ぐヤムさんと楽しそうに笑うピスティ、どうすれば黙ってもらえるだろう。何だか私まで混乱してきてしまった。

「あの! 私、話についていけてません!」

黙って顔を見合わせた二人から聞いた話によれば、噂の内容は『ジャーファルさんがヤムさんの助手――私に贈り物をした。つまりジャーファルさんとその子は恋人同士!?』というものだった。確かに、昨日の図書館での会話を遠巻きに見ていた人は少なくない。事実を知らない人から見れば、単純に私が贈り物をいただいたようにも見えたはず。

「思い当たる節はありますけど、これはプレゼントじゃありませんよ。付き合ってませんし、噂です」
「そうなの?」
「はい。ただ昔の私の服を修ぜ、ん――ああっ!」
「あ?」
「お金……私、お金渡すの忘れてました!」

注文をする時、もちろん無一文だった私。相談した後、「君は今手持ちがないでしょうから、先払いで私が払っておきました。問題ありません」と言われて安心していたから、すっかり忘れてしまっていた。
ジャーファルさんに服を直したいとお願いしたのは怪我が完治した直後、そしてあれから半年近く経っている。サァ、と血の気が引く。このままでは彼に服を買っていただいたことになってしまう。

「お金払ってないなら、やっぱりプレゼントだよね」
「ち、違うよ! その時に、お金が出来次第お返ししますって約束して…」
「でも、ジャーファルさんは何も言わなかったんでしょう? あの人はそれを気にするほど、小さくないと思うわよ?」
「仕事の邪魔したらすぐ怒るけどね」
「それは邪魔する方が悪いの」

えへへ、と笑うピスティと呆れるヤムさん。二人には悪いけれど、今はのんびり話をしている場合ではなかった。頭の中はジャーファルさんにお金を返すことでいっぱい。それは仕事中なら忘れることができるのに、大鐘の音を聞くたびに思い出された。






大鐘が鳴り響き、待ちわびていた本日の終業時間はやって来た。事情を知っているヤムさんに背中を押され、すれ違う前にと白羊塔へ急ぐ。途中で何度か文官さん達と目が合ったけど、私があまりに焦っていたせいか声をかけられるようなことはなかった。

そして、ようやくジャーファルさんのところへ辿り着いたと思ったら、予想外の展開が待っていた。書物を抱えた彼に、笑顔でこう言われたのだ。

「代金は結構ですよ」
「ですが…!」
「かなり遅くなりましたが、私からの快気祝いとして受けとってはいただけませんか?」
「そんな……こんな高価なものをいただけません」

箱を開けた瞬間に思った。きっとこの服は、以前私が着ていたものより上質な物だろうと。実物の姿等は覚えていないけれどそう感じたのだ。だからこそ、ジャーファルさんにお金を返さなくては。元々私のお願いを聞いてくださったわけだし、今までのことを思い返せば私が何か贈り物をしなければならない立場のはずなのに。

「お金には困っておりませんので。それに、私は君に服を修繕できないか訊かれた時からこのつもりでした」
「でも…」
「私からの快気祝い、気に入っていただけませんでしたか?」
「……もちろん嬉しいです、けど」

精一杯首を横に振る。決して、今までお借りしていた服がダメというわけではない。ただ、この服を着ると落ち着く気がするのだ。何枚も重ね着していて重いはずなのに、その重さがしっくりくる。肌の露出も抑えられていていて暑いはずなのに、まったく苦にならない。

「それならよかった。とてもお似合いですよ、その衣装」
「――っ」

一瞬にして火照る頬。何とも言えない恥ずかしさ。あぁ予想していた通り、私が口でジャーファルさんに勝てるわけなかったんだ。にっこり笑顔のジャーファルさんと見つめ合うこと数十秒、これ以上お願いしても無駄と判断し、諦めて頭を下げることにした。

「ジャーファルさん、本当にありがとうございました」
「はい。どういたしまして」

このお礼は必ずしなくては。でも、一体何をすれば喜んでもらえるのか困ったことに見当もつかない。とりあえずこの件についてピスティ達に相談してみよう。
まだ仕事が残っているらしいジャーファルさんにもう一度お礼を言って、その場を立ち去ろうとした。その時だった。横から、弱弱しい声で質問を投げかけられたのは。

「あ、あの……なまえ殿、ジャーファル様との噂は本当なのですか?」
「え?」
「ああああの! いいんです! 訊かなかったことにしておいてくださいませ!」

逃げるように去っていった文官さん。周りの文官さん達も聞いてなかったとばかりにサッと顔を背ける。正直、噂のことを忘れて勢いで来てしまったため、とても居心地が悪い。比喩でなく、突き刺さるような視線が痛い。彼等の目に、私とジャーファルさんがどのように映っているのか。それを考えるたび、ジャーファルさんに申し訳が立たない。

「やれやれ、面倒なことになりましたね」
「すみません。私が図書館で騒いでしまったせいでこんなことになってしまって」
「いいえ、なまえさんのせいではありませんよ。それに人の噂も75日。すぐに消えるでしょう」
「そう…ですよね。終業時間直後に来てしまってすみませんでした。お仕事、頑張ってください」
「なまえさんも、勉強はほどほどになさってくださいね」

周りからの視線、聞こえる小さな声。それを気に留めている様子もなく、ジャーファルさんはいつも通り振る舞っている。私も同じように、気にせず対処するように頑張らなければと意気込んだ。



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