今日はなまえさんに関する二度目の会議。前回同様丸いテーブルを囲んでいるのは、シン、そして八人将。

「その後の経過はどうだ?」
「問題ありません」
「記憶は?」
「そちらは相変わらずのようです」

彼女がここに来てから早数週間。結局彼女については正確なことがわからないまま、彼女の記憶が戻ることもなかった。
通常の仕事に加え、彼女の情報を集めるのに忙しくて私が直接顔を出す回数は減った。その間の話は侍女とピスティから聞いている。が、やはりめぼしい情報は得られなかったようだった。そういえば、夜に魘されることは減ったらしい。それだけは吉報だろう。

「記憶喪失の件に関してご報告があります」
「ヤムライハ?」
「私が魔導士ということが関係しているのかはわかりませんが……先日初めて彼女と会った時、少しおかしいところを見つけました」

控え目に手を上げ、改まったヤムライハの表情と声色から、話の内容があまりいいものでないことを察する。全員の視線が彼女に突き刺さり、室内に緊張が走る。ヤムライハは言い難そうに、しかし、ハッキリした口調で話し始めた。

「なまえには呪い……恐らく魔法がかけられているようです」
「確かか?」
「はい。説明し難いのですが、ルフが少し異常というか…。ですから、もしかしたら記憶を失ったのではなく、魔法の類によって記憶を封印されているのかもしれません」
「そうまでして忘れさせたいことがあったのでしょうか?」

誰かにとって都合の悪いこと、彼女にとって都合の悪いこと。考えられるパターンはいくつかあるが、もし前者なら隠したいことがあれば彼女を殺した方が確実だろうに。わざわざ封印するという手間をかけても彼女を生かしていることに、何かしらの意図があるのか。一体誰が、何のために。それにもし後者だとしても、封じるに至るまでの経緯が気にかかる。

「よし、この話を彼女にしよう」
「本気ですか!?」
「俺は本気だが? 記憶を封じられているなら簡単には思い出せまい。それに、彼女自身のことだ。こちらでわかっている情報を知る権利が彼女にはあるだろう」

シンの言う通り、なまえさんには知る権利がある。知る必要もあるだろう。だが、ふと思い出す魘されていた彼女のこと。

あの夜、本当は見張りに問題ないかを訊いてすぐ部屋へ戻るつもりだった。しかし、耳に届いた震える声に足が止まった。様子を窺えば、ベッドの上には涙を流し、汗だくになりながら悶え何かに堪えている彼女。
今回の話をすれば、恐らく彼女は今よりも苦しむ。もしかしたらまた涙する夜が増えるかもしれない。そう思うと、どうしても気が進まない。

何故いけない?と首を傾げるシンに答えられず、暗い表情を浮かべているヤムライハへ視線を移した。

「ヤム、何とかならないの?」
「えぇ。これはかなり強いもののようで、調べてみないとわかりませんが……記憶を封じる魔法なんて初めてです。王の仰る通り時間がかかると思われます」
「……そうですか」

どれくらいの時間がかかるのかは、魔導士でない私にはわからない。しかし、ヤムライハの表情を見る限りではかなりの時間を要することはわかった。

「ですが、もう少し時間を空けてもよいのではないでしょうか?」
「ふむ。ジャーファル、やけに彼女を気遣うな?」
「え?」

指摘されて気付き、咄嗟に口元を押さえる。つい先日まで確かに私は彼女を疑う立場だった。何が起きても動ける程度に警戒していたはずだ。記憶を失っている振りでないことはわかったものの、“不思議な力”の正体はまだわかっていない。何らかの理由で記憶を封じられているという、厄介な展開にもなっている。
それなのに、いつの間にか絆されている自分がいることには素直に驚くしかなかった。

今の私には、彼女に危険があるようには思えないし、シンドリアやシンに対して危害を加える人物には見えなくなっていて。たった数日、されど数日。会話をし、彼女を知り、弱っているところを見たせいで甘くなっているのかもしれない。しかも戸惑いこそすれ、嫌な気がしていない自分もいるから不思議なものだ。

「あ、もしかしてジャーファルさんってああいう子が好みなんですか?」
「そういえばこの前ホットミルク作ってもらったって、なまえ言ってた!」
「えっ、そうなのか!?」
「そこ! 私語は慎みなさい!」

咳払いをしても、全員の面白がるような笑いは消えない。まったく、この人達は会議中だということを忘れているんじゃないのか。とりあえずシャルルカンとピスティは後でお説教するとして、シンまで悪ノリしているのはどういう料簡だ。彼女のことで招集をかけたのはアンタだろ、そう言ってやりたい気持ちを堪える。

「で、どうなんだ? お前もいい歳なんだし、そろそろ好きな女の四人くらい…」
「お黙りなさい」
「人数にツッコミいれないんだ」
「もういい加減ツッコミ疲れてんじゃね?」
「王のあれは素だと思うぞ」

ヒソヒソ話す他のメンバーの声を右から左に聞き流す。つい先ほどまで真面目な話をしていたというのに。
だいたい、私がなまえさんを好きかどうかなんて今はどうでもいい話だし、そもそも好きな女性なんて今のところ欲していないし、私には仕事が一番大事なわけで。

「とにかく、私は気が進みません!」
「……ならば、いつならいい? 完治して元気になったところに話して気落ちさせるのか?」

呪いのせいで一生思い出せないかもしれない、と告げて。
シンの言葉に唇を噛みそうになり、慌てて表情を繕う。尤もな意見だと思うものの、ようやく元気を取り戻し始めた彼女にこの事実を告げることは、告げる方としても辛いものがある。

「俺は、そっちの方が気が進まないがな」

それから続いた長い沈黙。結局、『なまえの傍についていろと言ったのは俺だからな。彼女のことはお前やピスティの方がわかっているだろうし、お前達に任せよう』とシンは会議を終わらせた。それぞれが部屋を出て行く中、その場に残った私、ピスティ、ヤムライハは複雑な心境で顔を見合わせる。そして、少しの沈黙の後、頷き合った。






大鐘の音が響き、空に月が浮かぶ頃。三人でなまえさんの部屋の前に集まった。動かない私達を怪訝そうに見る見張りの視線を受けても、誰も何も言わない。しかし、いつまでもこうしているわけにもいかず、私はいつも通り扉をノックした。

「こんばんは、なまえさん。ホットミルクをお持ちしましたよ」
「ジャーファルさん? ピスティさんとヤムライハさんも!」
「こんな時分にごめんなさい」
「今日はなまえのとこ行けなかったから気になって」

扉を開ければ、彼女は窓から外を眺めていた。すでに薄暗くされた室内で、星空をバックにした姿はとても小さく見える気がする。

「なまえは本当にホットミルクが好きなのね」
「はい。きっと、この前いただいたジャーファルさんのホットミルクがとても美味しかったからだと思います」
「気に入ってもらえたならよかったです」

保護した直後のことを思い出す。怪我が癒えると同時に、なまえさんの表情は大分明るくなっていったと思う。この笑顔を、今から曇らせなければならないと思うとやはり気が重い。

「あのね、なまえは記憶取り戻したいんだよね?」
「――正直、思い出すことは怖いです。忘れてる記憶がどんなものかわからないし、前の自分を知るのが怖い。でも、思い出さなきゃ後悔するような気もして……」

私は記憶を失った経験がないため、なまえさんの気持ちを完璧に理解することは難しい。希望、期待、不安、恐怖。様々な感情に翻弄されているであろう今の彼女に話すことは、果たして正しいのだろうか。それは、話してみないとわからないことであり、結局のところ話してみる以外知る手立てはない。

「もし思い出せなかったら、どうします?」
「……どうしましょう?」

なまえさんは笑った。いや、笑おうと頑張っているというのが正しいかもしれない。

「今からなまえに話すことがあるの」

今から私達が告げる事実は、なまえさんにとってとても酷なことだろう。泣きそうになりながら笑う彼女は、今にも壊れてしまいそうで。ピスティは目に涙を滲ませているし、ヤムライハも彼女から視線を外している。そして、悲しそうに細められた瞳に映る私も、眉間に皺を作った酷い顔をしていた。



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