「なんでお前ここにいんの」

思わず口から飛び出た言葉は余りにも滑稽かつ疑問系でもなく、混乱の真っ只中という状態のナギを手招いてキリアは緩く笑った。

「なんで、って昼め」
「昼飯は寮で、だろ?」

言葉を遮って至極最もな事を口にすればキリアは困ったような表情で頬を掻く。弁明する言葉が浮かばないのか、ただただ曖昧な笑みを顔に貼り付けるキリアになんだか納得がいかないくてナギは一つ溜め息を吐いた。

「寮飯、苦手なんだとよ」

ほれナギくんも座りな、と言わんばかりに珈琲をキリアの隣の席に置いてマスターはにこやかに笑う。煎りたての豆から抽出された香ばしい匂いが鼻腔をくすぐり、観念した様子でナギは椅子に腰掛けた。

「ほい特製サンドイッチ。キリアは白玉と抹茶アイスのぜんざいな」
「これメニューにあったっけ?」
「いや新作。感想頼むわ」
「おー」

空になったパフェグラスとスプーンをマスターに手渡して、キリアは木製のスプーンに手を伸ばす。その様子を眺めていたナギの眉間に不機嫌そうな皺が寄せられているのに気付き、キリアは口に入れた白玉を咀嚼してから若干困ったような表情で戸惑いがちに言葉をつむぐ。

「……甘い物、嫌い?」
「…あぁ」

こちらを見るでもなく返された彼の答えに、キリアはどうしたものかと頬を掻く。無理矢理勧めるつもりは毛頭無かったとはいえ、ナギのこの反応は見るのも嫌といった感じで、対応しあぐねたキリアは助けを乞おうと視線だけをマスターに投げかけた。

「ま、好きは好き。嫌いは嫌いで仕方ないことなんだから諦めなお二人さん」
「…わかってるよ」

ニカッと歯を見せて笑うマスターに、ぶっきらぼうに返事をしてナギはサンドイッチに手をつける。その様子にナギの優しさが垣間見えた気がして、キリアはほんの少し口角を上げる。先程渡されたばかりの抹茶アイスが僅かに溶け出すくらいの、それだけの時間だった。

「ごちそーさま」
「で、どうよ?」
「んーとね、アイスをメインにして白玉とぜんざい添えみたいな方が好みかな。あと黒蜜あってもいいかも」
「なるほどな、参考にさせてもらうぜ」

ペロリという表現が似合いすぎる程早く、綺麗に完食した器を眺めながらキリアはただ率直な感想を述べる。魔導院内では右に出る者がいないと思われる程の甘党の彼が試食し、アレンジを加えたデザートの大半は好評を博しているのは噂通りだったようだ。

「そういえばキリア」
「んー?」

微かに残っていたアイスをすくい上げた木製のスプーンをくわえたまま、もごもごと返事をしたキリアの頭を綺麗な音が立つ様に叩いたナギは怪訝そうな表情で再び口を開く。

「演習、やったのか」
「え?そりゃもちろん」

叩かれた箇所をさすりながら、何当たり前なこと聞いてんの、と言いたげにキリアは不思議そうに首を傾げる。そんな彼の様子に一つ本気で溜息をついて、ナギはカウンター越しに見える時計を指差した。

「ぶっちゃければ、まだ演習に割り当てられた時間なんだよ」
「うん」
「俺が、此処に来たのが15分前。丁度演習が始まって45分経ったくらいな」
「おう」
「……で、だ。いつ演習終わらせたんだよ、お前」
「開始15分くらいで」
「はぁ!?」

驚きの余りカウンターの席から勢いよく立ち上がったナギを宥めるようにキリアは苦笑しながらひらひらと手を左右に動かし、椅子に腰掛けるように彼に促す。内容が内容で納得がいかず柳眉を寄せたナギに、立ちっぱなしで聞く事じゃないだろう?とマスターが言えば彼は短く息を吐いてから再びキリアの隣に腰を下ろした。

「ま、びっくりするのも無理ないわな。コイツやることなすこと普通じゃねぇしよ」

そう言いながら、新しく入れ直した珈琲をナギの前に置いたマスターは豪快に笑う。その言い草に顔を歪めてキリアがそれ酷くね?と呟けば、マスターはまた楽しげに笑うのだった。

「おーい、キリア」
「あ、ごめんナギ。ちゃんと話すよ」

だからそんなに拗ねた顔しないでくれない?と呟き、柔らかく笑んでキリアは首を傾げる。その姿に教室で女子学生があからさまに残念そうな声を上げていた理由を悟って、ナギは苦笑気味に、わかったよと答えを返した。





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