訓練生になって程無くクラス分けが行われた。訓練生の数は候補生の倍以上で、当面の間は個人の特徴云々とはかけ離れた基礎的な事を詰め込まれる。それは魔法、戦略、武器の扱いだったりと多岐に渡る。

「隣、いい?」
「どーぞー」

ぼんやりと次の授業で使う教科書を眺めていたキリアに声をかけたのは、朝焼けの空みたいな橙と黄金のグラデーションを描く金髪の優しげな顔立ちの男。どちらかといえば特徴のない感じだよなぁと思ってしまったキリアは誤魔化すように慌てて口を開く。

「寝坊でもした?」
「え?ああ、うん。ちょっと夜更かししちゃってさ」

そう言って、照れたように彼ははにかむ。問いかけに答えながら漁っていた鞄の中に教科書が見当たらなかった事に気付いたキリアが、自身の教科書を机半分ずらしたこともあってだろう。

「ドンマイ」
「ごめん、ありがとう。えっと」
「キリア。お前は?」
「俺、ナギ。よろしく」

机の下で差し出された右手を軽く握り返しつつ、キリアは教壇に視線を向ける。今から始まる授業は時期軍令部長と名高いスズヒサ・ヒガトが担当している。目ざとく指名してくる事で評判のある授業故に、朝一の鈍く残る眠気を追いやるべく頭を振ってキリアはペンを握った。

「……い……おい、キリア」
「…?」
「こっちちょくちょく見られてるから寝るなよ」

ナギに軽く肩をつつかれ、はたとキリアの意識は浮上する。やや視点の合わない視界に目を凝らしつつ、黒板を見ればノートに書いてある内容と一致するのはほんの僅か。それももう消されてしまうであろう程の量しか残っていなかった。おまけにノートの記述の最後の方なんて読めたものでは無く。

「…あれ、おっかしーな」
「うつらうつらしてたぜ、さっきから」

意識はあったし話は聞こえていたのになぁ、とぼやいてキリアは納得いかなさそうに首を捻る。そんなキリアの様子に苦笑しながら、親切心で自分のノートを見せようとナギが僅かに掌を動かした時だった。

「さて!ここの説明をして貰えるかねキリアくん!上の空でいるくらいだから自信があるのだろう?」

嫌みたっぷりな口調と視線でスズヒサがキリアを指名し、教室中から哀れみの視線が一気に集まる。同情されているのはわかるが、注目されるのが大嫌いなキリアとしては“やめてくれよこっち見んな”状態でげんなりとした表情があからさまに顔に浮かぶ。はらはらとキリアと教壇に立つスズヒサを交互に見ていたナギが、スズヒサの片眉が苛立ちを露わにしている事に気付き慌ててキリアの脇腹を小突く。

「おぉい、スズヒサ武官怒ってんぞ! わかんないなら早いとこ謝っちまえって」
「あー…大丈夫。そうじゃねーんだ、悪い悪い」


目立ちたく無かったのにやらかしたなー、なんて思いながらだるそうにキリアは頭を掻く。スズヒサに目を付けられている理由は目星がついているから、まだいい。しかしキリアにすればクラスメイトに注目されるのだけは避けたかった。その理由は彼自身が、前髪だけ黒みがかった蒼髪にそれ以外は金髪という組み合わせの生むコントラストがただでさえ目立つという事を自覚していたから。

「えーっと、皇国軍に対する我らが朱雀軍の防衛作戦に置ける現状は――…」

すらすらり、と淀みなく紡がれていたキリアの説明が終わるのとほぼ同時、授業の終了を告げるチャイムが鳴る。説明を間違えようものならすぐさま修正をいれてやろう、と身構えていたスズヒサは面白くなさそうに手にしていた教科書を閉じて教卓に乗せ、それを合図にクラス委員が号令をかけた。

「じゃな!」
「え? 、ちょ、待っ……あー……」

忙しなく鞄にノートと授業の始めに配られたレポート課題の記述されたプリントを詰め込み、キリアは疾風の如く教室を後にする。隣に座っていたナギでさえ反応出来なかった速さに、クラス中から舌打ちと女子の残念そうな声音が響き、それを皮切りにざわざわと教室内が休み時間特有の騒がしさで包まれた。

「なんだったんだ…?」

キリアの隣、それどころか彼の近くの席に座った事が初めてだったナギにとって、キリアの行動は不可解極まりなく。変なやつ、と胸中で独りごちて、ナギは机の上のノートと筆記用具を片付けようと手を伸ばす。

「あ」

裏表紙にキリアと乱雑な字で名前がかかれている教科書を手に取り、ナギは困った様子で頬を掻く。先程の説明を聞いた限りでは教科書が無くとも彼はレポート課題を難なくこなすだろう。そう考えれば自分からわざわざ教科書を返して欲しいと言ってくるとは思えず。

「やっべ、どうやって返すかなこれ……」

どこか諦めたような、落胆の声を漏らしてナギは肩を落とした。





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