ルール、規律、作法、そういうものに縛られて生きてきた私にとって、彼は、余りにも理解し難い存在だった。ただでさえ目立つ長身に、朱のマント。クリスタリウムにそぐわない素行の悪さには溜め息をついていたし、よく相手が出来るものだと同じ組のクオンを内心で褒めていた。よく彼と一緒にいる眼鏡の彼女、規律とかに厳しそうな印象のある……そう、いうなれば委員長タイプの彼女が、どうして彼と一緒に居られるのかという疑問すら感じていたくらいに、クオンと彼らの会話は聞いていたけれど。

「んだよ」
「……手、離して貰えませんか」

どうしてこうなった。どうしてこうなった!私はクリスタリウムの隅っこで大人しく本を読んでいただけだ。目立つ行動なんて何一つしていない。それなのに何故、彼は、彼の手は高い位置にある本を取ろうと伸ばした私の腕を掴んでいるのだろうか。なんで私脚立使わなかったんだろうなどと後悔する間もなく、私の頭は現状把握に勤しみだす。彼の方が圧倒的に私より身長が高い、つまり私は彼の陰に隠れてしまっているわけで。しかもこの本棚はクリスタリウムの奥まった所、古い蔵書しかないから、クオンや私以外の人が立ち入らない、故に人気もない。なんだこの絶体絶命な現状は。

「お前、アイツの、何なんだ」
「え」
「イライラすんだよ」

荒々しい口調とは裏腹に、するりと腰に回された手に身体が跳ねる。どういうことですかと声をあげて問いたいのだけれど、如何せん後ろ、つまりは彼の発する怒気ともいうべき気迫に負けて、声を出すことも振り向くことも私には出来なかった。

「なぁ、答えろよ」

ヒュッ、と自分の息を呑む音だけが私の中で反響する。彼が言っている言葉の意味がわからない、真意は何。アイツはたぶんクオンのこと、単なるクラスメートでしかない。第一そこまで話す方でもない、ああでも彼がクリスタリウムにいる時はよく喋っていたような気はしないでもない。でもそれがどうしてこうなるにいたったのかの経緯がわからない。理解出来ない。

「ひ、」

唐突にべろりと首筋を舐められて身が竦む。逃げ出したいと思う心と身体の反応は真逆で、全く動かせない動かない。まるで蛇に睨まれたカエルじゃあないか、と思いかけてその考えをかなぐり捨てる。だって、それを認めたら。

「、ァ」

舌打ちが聞こえて、意を決して振り向こうとしたのとほぼ同時。少し力の入れられた彼の犬歯が首筋に食い込む。艶っぽい、色のついた声が喉の奥から勝手に漏れた。腰を引かれて、すっぽりと抱きすくめられる。先程まで本棚に押し付けられていた私の腕も引き寄せられて、血の気の引いた冷たい腕を彼の熱い唇が肉を啄むように、肌をなぞる。腰に回っていたはずの手が顎に触れ、私は半ば強制的に上を向かされる。かち合ったのは真剣な、けれど熱を孕んだ荒々しい、獣のような青の両目。強い瞳。

「アイツなんか止めて、俺にしろよリリアス」

そう呟いて彼は私に見せ付けるように腕を持ち上げて再び唇を這わす。背中の内側が泡立つような奇妙な感覚。嫌じゃないという事実を認めたくなくて悔しい。卑怯だ、と叫びたくてでも叫びたくない。

「俺のものになれよ」

強い青に焦りの色がよぎる。切羽詰まっているような、そんな色。私の概念に絡みついていた鎖が落ちる音がした。どうやら私の負けらしい。

「………ナイン」

私の声に、言葉に驚いて目を丸くした彼の態度が癪に触る。やられっぱなしは私の性にもあわないし、とほんの少し背伸びをして自由な片腕を伸ばして彼の頬に。

「、! …っ」

触れただけのはずのそれは、顎を固定されて深いものへと姿を変えた。力が抜けて、倒れ込みそうになった身体を彼の腕が支えてくれた。






熱孕む獣の双眸に、捕まるのも悪くはない。





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