あの日から、私は一体どうしたというのでしょう。彼女の姿を見る度に、顔を逸らしたいような、逸らしたくないような不思議な気持ちに駆られるのです。………いえ、この気持ちの明確な表現は判っているのですが。

「あら、トレイじゃない」
「やあ。奇遇ですね」

混み合ったリフレッシュルームの中、アイスコーヒーを片手に声をかけてきた彼女に、座りますか?と目の前の空いた椅子を促す。シンクちゃんは?と不思議そうに問われて、補習授業の呼び出しをくらいました。と私は苦笑しながら答えた。

「じゃあ、相席させてください」
「ええ、構いませんよ」

言葉と共に唇に緩く笑みをのせれば、彼女の顔にも小さく笑みが浮かぶ。焦げ茶のマントを纏う9組の彼女は普段、表情をあまり変えない。そんな彼女が、自分の前でだけ表情を崩してくれる事が、何よりも嬉しい。

「あ、そうだ。次もナギが補佐だよ」
「そう…ですか。少し残念です」
「ざんね…って言われても」

私ナギほどの技量ないからね、仕方ないよ。と呟いて彼女は少しだけ眉尻をさげてストローに口をつけた。悲しませたいわけではないんですよ、と喉まででかかった言葉を飲み込んで私は誤魔化すように目の前のカップの紅茶を口に含んだ。

「あ、でも」
「はい?」
「ナギの補佐にならつくかもしれない」

ストローで氷をいじりながら彼女は思い出したかのようにぽつりと呟く。もともと補佐を得意とする彼女ならば、それはなんらおかしな話ではない。現に自分と彼女が知り合ったのもそれが、縁。

「ではまた貴女に助けて貰うような状況に陥らないように気を付けなくてはなりませんね」
「別にそんな気にしなくても」
「……私が気にするんですよ」

暫く前の任務中。皇国の狙撃班をキングと一緒に撃退していた際。後ろから接近していた歩兵に全く気付かない、という失態を演じてしまった。キングの焦った声が耳に届いた時既に、私の真後ろに敵がいて、反撃の間もなく殴られ気を失った私を助けてくれたのが、彼女。

「…気付いた?」
「、っ! 皇国へ」
「え?ああ、9組よ私。ナギの補佐役。無駄話してる暇ないわ、立てるなら早く行って」

あの後ナギから彼女の事を聞き出して今に至る。“あいつも9組じゃ相当変わり者だぜ?”と言っていた言葉はあながち嘘ではなく。殺しきれていない感情の揺れが危うい酷く脆い人だった。必須であろうインビジや9組にのみ使用許可の下りているテレポといった補助魔法ではなく、レイズを好んで使用するところが9組の“変わり者”たる所以だと知ったのはついこの間。

「トレイ?」
「…ああ、すみません。ぼーっとしていました」
「そっか。ご飯食べた後ってそんな感じだよねー」

そう言った彼女自身が欠伸を噛み殺したらしく、目尻に溜まった涙を左手の指先で拭っていた。よくよく伺えば、目の下には化粧で隠しきれていない隈が微かに見て取れる。

「リリアスこそ、お疲れですか?」
「え?」
「随分と眠たそうに見えますよ」
「……はは…任務上がりなもので」

気付かれちゃった、と彼女は首をすくめて微かに眉尻を下げる。苦笑ではなくどこか悲しげな表情に見えるのはきっと、彼女が自分を9組らしくない半端者だと、未熟者だと責めているからだろうと、検討をつけ私はテーブルの上で堅く握りしめられている彼女の手をとった。

「リリアスは頑張っていると思いますよ」
「っ、でも」
「貴女に助けられた私が言うんです。信用してください」
「……」

複雑そうに顔をしかめて、彼女は首を動かし視線を逸らす。やりようの無さに微かに指先が動くだけの彼女の手が未だ手中にあることと、困惑の色が揺れる瞳が私を見ていない事をいいことに。

「もう少し、貴女は自分を誇った方がいい」

彼女にだけ聞こえるように呟いて、私はそっと持ち上げたその柔らかな手の甲に唇を寄せた。





私の本音はひた隠しにして。





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