朝練のある日は、一時間目の授業に十分間に合うように朝練を終えるので、授業が始まるまで少し余裕がある。いつも通り、謙也と他愛ない話をしていると、謙也が急にがさがさと俺のペンケースを漁り出した。
「あった、これこれ」
「どないしたん?」
「白石のシャーペン」
「はあ?」
「白石の三年間同じクラスやけど、ずーっとこのシャーペン使っとるよな」
くるくると、指先でシャーペンを回す。お前、もっと大事に扱えや。謙也の机には、シャーペンを落としたと思われる無数の傷が残っている。謙也がひゅんっと回したシャーペンが手から落ちそうになったが、慌てて謙也が押さえたので、シャーペンが落ちる事はなかった。
「もう、シャーペン返せや」
「ああ!俺のシャーペン!」
「俺のやろ!」
謙也の手から奪い取り、傷などついていないか確認する。よし、大丈夫だ。むう、と頬を膨らませながらペンケースをいじりだした。
「白石の文房具ってさあ、」
「なに?」
「いや、少ないよなあって思って」
「謙也が多すぎるだけやろ、消しゴムとか。無駄。」
「無駄ちゃうわ!」
「無駄無駄!」
かちっと俺の中のスイッチがオンになる。無駄な事に関して、ついつい口を挟みたくなってしまうのだ。そしてそれは、シャーペンなど、文房具関係にも言える事だった。
「ええか!?謙也は無駄が多すぎんねん!例えば消しゴム!」
「なんやと!?消しゴムは俺の趣味や!」
「趣味でも、あんなに大量に持って来たら、重いし邪魔やろうが!それになんやねん!消しにくくていらいらするわ!」
「なっ!?面白いし可愛ええし最高やん!」
「最低の間違いちゃうの?消しゴムなんてなあ、いかに綺麗に消せるかやろ!?見てみ、俺の消しゴム。完璧に無駄なく消えるわ。謙也の消しゴムなんて、ばらばらばらばら分解しよって!」
「白石やって二個持っとるやん」
「あほ、予備や予備。それでも軽量のやつだから全然負担にならん。シャーペンやってそうや。軽すぎず、重すぎず。細すぎず、太すぎず。このシャープなライン、シンプルなデザイン。一切の無駄を省いた形。まさに俺のためのシャーペンやろ」
「どっこがやねん」
「そして、何より書き安さ。完璧と言われる俺に相応しいこのシャーペンを探すのに、色んな文房具屋はしごしたんやで…。おかげで、中一の頃から一回も壊れてないし、今だに壊れる様子もない」
「確かに…」
「わかったんなら、謙也も変な消しゴム集めとらんで、速く消せる消しゴム探すんやな。浪速のスピードスターさん?」
「うっ…」
「ついでに言わせてもらうなら、速く問題が解けるシャーペンも探した方がええよ」
謙也は悔しそうに席へと戻って行った。まあ、なんにでも速さを求めているくせに、消すのだけはスローなんて、さすがに負けを認めざるをえないだろう。口元を吊り上げ、ふっと笑う。謙也がどれだけ消しゴムを愛しているかわからないけど、俺に文房具語ろうなんて一万年早い。
チャイムがなり、一時間目が始まろうとした。ペンケースからさっきのシャーペンを取り出し、じっくりと眺める。一年の時からずっと使っていて、テスト勉強の時も、退屈な授業も、好きな授業も、もちろんテストの時だって一緒に過ごしてきた。今更別のシャーペンを使う気にはならない。
唇にシャーペンを近づけ、ちゅっとキスをする。これが毎日の日課、勉強する前に、シャーペンと挨拶だ。
「今日も一日、よろしくな」
シャーペンを見つめ、にっこりと微笑んだ。
あゆみ様:全力ダッシュ!