カタカタとキーボードの音をたてながらひたすらレポートを仕上げていく。提出期日まではまだあるけれど、なるべくこれは早く終わらせたい。後回しにして徹夜になるのは勘弁だ。だからやる気のあるうちにさっさと進めてしまおうとただひたすらパソコンと向き合っていれば、不意に来客を告げるチャイムが鳴った。宅配か何かだろうかと、鬱陶しくて結っていた髪を下ろしてから出ると、そこにいたのは思いもよらぬ人物で。


「あれ…俊?」

「久しぶり、なまえさん」


私が大学に進学したたと同時に独り暮らしを始めたことで滅多に会えなくなっていた彼氏が、スポーツバックを肩にかけて、そこに立っていた。


「いきなりどうしたの…?」

「連休でオフになったからさ、会いに来た。ダメだった?」

「いや、それは全然構わないけど…とりあえず入って?」

「お邪魔します」


大して遠くはないとはいえ、そう簡単に会いに行ける距離でもないから、俊と会うのは数ヵ月ぶりで。電話やメールは毎日のようにしているけれど、やっぱり直接会えて嬉しくないわけがない。
部屋の中に入った俊は荷物を置くと、置いていたバスケットボールを手に取った。


「なまえさん、まだバスケしてるんだったよね」

「うん。同好会だけど」

「久しぶりに1on1やりたいなあ」


そう言う俊の笑顔に懐かしそうな色が混ざる。
元々私たちは中学が同じで、バスケ部に所属していた。私が三年で副部長をやっていたとき、俊はまだ一年の入部したて。男バスにマネージャーがいないから試合の時とかに手伝いに駆り出されて、それで知り合って。たまに二人で練習したりして。私が高校に進学してからも付き合いは続いて、俊が高校に進学したと同時に俊から告白され、付き合い始めた。俊が進学した誠凛は私の時にはなかったから高校は別だったけれど、それでも別れることなく続いている。


「もうすっかり俊には敵わなくなっちゃったけどね。中学の時は私の方が強かったのになあ…」

「あの時はオレも始めたばかりだったし」


くるくるとボールを回す俊を横目に、レポートを保存して、シャットダウンする。俊が来たなら、レポートなんて書いてる場合じゃない。パソコンを閉じて、ベッドに座る俊の横へ腰を下ろした。


「日向くんとリコは元気?」

「元気。昨日もしごかれたよ」


私も俊もバスケ好きだから暫くはNBAから高校バスケ、大学バスケまでの様々なバスケ話が続いた。特に誠凛バスケ部の話をするときの俊は楽しそうで、私もあと2年遅く生まれていれば誠凛に進学したのにと思うくらい。いい仲間に恵まれてバスケを頑張れるって、本当に幸せなことだと思う。


「なんか、バスケしたくなってきたなあ…」

「ははっ、なまえさんらしいな。ここら辺ってストバスとかないの?」

「うん、ないみたい。だから学校行かなきゃできないんだよね」

「…まさか、行く気じゃないよな?」

「まさか。せっかく俊が来てくれたんだもん、行くわけないよ」


バスケも好きだけれど、それと同じくらい俊のことも好きだから。今は限られた時間しか一緒にいることができないんだし、出来ることなら少しでも長く一緒にいたい。
俊の手が伸びてきて、ふわりと頬を撫でる。それだけで心が温かくなる。だけど次の瞬間には肩を強く押されて、身体が傾いだ。


「なまえさん、今のは反則。可愛すぎ」


ぼふ、と背中が布団に埋まり、視界一杯に広がるのは俊の顔と白い天井。さらりと流れた黒髪がやけに綺麗で。


「せっかちだねえ」

「会うのは久しぶりなんだし。オレは限界」

「どうせ今日、泊まるつもりなんでしょ?」

「バレた?」

「わかるよ。だってやけに荷物多いんだもん」

「ダメ?」

「ううん、いいよ」


ふわりと笑った俊の顔が近付いてくる。目を閉じればすぐに唇が重ねられた。限界だの何だのと言っていた割にはがっつくようなものじゃなく、どこまでも優しいキスで、思わず笑みが溢れそうになる。どうやら私は随分とこの年下の彼氏に大事にされているらしい。


「なまえさん、今、何か別のこと考えてただろ。年上の余裕ってヤツ?」

「違うよ。俊のこと好きだなあと思って」

「それは嬉しいけど、どうせなら愛してるって言ってほしいかな」


まだ十数年しか生きていない私たちの口から出てくれば陳腐な言葉に聞こえてきそうなのに、それは俊の口から出てきただけで甘い響きを帯びて、身体を震わせる愛の言葉となる。
そっと重ねられた手に、絡まった指に、少しだけ力を込めた。


「勿論、愛してるよ」


こぼれ落ちた吐息が唇を掠める。私の言葉を聞いた俊は嬉しそうに笑った。


「オレも、愛してる」


額、瞼、鼻先、頬。キスが落とされ、ゆっくりと下ってきた唇は最後にまた私の唇と重ねられた。そして額をくっつけ合って、お互いに小さく笑う。


「なまえさんって会うたびに綺麗になってるから辛いんだよね。あと心配」

「私は俊一筋だよ?」

「知ってるけど、ほら、何があるかわからないし。オレの知らないところとかでさ」

「残念ながら私は俊以上にかっこいい男の人、知らないなあ」


それだけ私は俊以外の男の人には興味がない。ただし男の人というくくりではなく、バスケの選手としてなら別だけど。だけどそれも俊は知っているから。


「まあ…いたとしても、オレは手離してあげるつもりなんてないけど」

「俊こそ浮気したら承知しないからね」

「心配しなくても、オレにはなまえさんだけだよ」


俊の大きな手がさらさらと髪を鋤く。


「こんなに可愛い彼女がいるのに、他に好きな子なんてできるわけないじゃん」


愛おしげに細められた瞳に、心臓が心地好いリズムを奏でる。全身が好きだよって言っているみたい。
だから私は瞳を閉じて、全てを俊に委ねた。



溺れましょう?
(アナタに、愛に、)






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