「菫ちゃん、今日現代文あるってほんと!?」

登校してくるなり、先に学校についていた名前に詰め寄られ、菫は迷惑そうに眉間にしわをよせた。

「あるぞ、現代文。2時間目が変更されただろ。…お前………まさか、また忘れたのか」
「だって授業変更あったこと知らなかったんだもん」
「連絡があったじゃないか」
「私は聞いてない。絶対聞いてない。てゆーか、そんなもんがあるならメールしてくれればいいのに!」

菫ちゃんのバカ!と一方的に罵られて、菫の眉間のしわが一層深くなる。

「なんでオレがそこまでしなきゃいけないんだ」
「可愛いいとこのためにそれぐらいしようよ! あー、もう……しかも、よりにもよって現代文……」

あまりの名前の落ち込みように、菫は目を丸くした。
確かに教材を忘れるのは悪いことだが、そこまで落ち込むものだろうか。
現代文の教師は桔梗で、身内だから、というわけではないけれど、それでも他の教師に怒られるよりはダメージが少ないような気がする。

「桔梗は、そんなに怖いのか。あんまり想像できない」

菫が普段の桔梗を想像しながら聞くと、名前はすごい勢いで首を立てに振った。

「菫ちゃんは教科書とか忘れないから知らないかもしれないけどさ、桔梗ちゃん怒るとすごく怖いよ。笑顔だからなおさら」

本気で怯えている名前を不憫に思いながらも、『それだけ怖いなら忘れたりするな』という言葉をかろうじて菫は飲み込む。
今そんなことを言えば、名前の機嫌は一気に悪くなるだろう。
一度機嫌を損ねれば、ともゑほどとは言わないまでも手がつけられなくなる。

「他のクラスから借りれば良いんじゃないのか?」
「…そっか。その手があったね」
「その手も何も、普通そうするだろ」

むしろなんで気がつかないんだと聞くと、「他のクラスにそんなに知り合いがいないもん」という答えが返ってきて、菫は深くため息をついた。

「じゃ、綾芽ちゃんにでも借…」
「駄目だ!」

突然声を荒げた菫に、今度は名前が目を丸くする。

「えー…と、菫、ちゃん?」
「綾芽は駄目だ。1組だったらともだっているだろ。わざわざ綾芽に借りる必要なんて無い」
「だって、ともゑちゃんの教科書ラクガキとかばっかで見づらいし、」
「けど、駄目だ。綾芽になんか借りるな」

菫は強い口調で言い切った。名前が困惑している様子がひしひしと伝わってくる。

「じゃあ私は誰に借りれば…?」
「…お前が、綾芽から教科書を借りるくらいなら、オレがお前に貸す」
「いや、でも、菫ちゃん同じクラスじゃん。私に貸したら菫ちゃんのがなくなるよ。そしたら菫ちゃんが桔梗ちゃんに怒られちゃうよ?」
「それでも、そっちのほうがマシだ」

二人の間に沈黙がおりる。
ややあって、名前がおそるおそる口を開いた。

「…菫ちゃん、もしかしてもしかしなくても、ヤキモチ焼いてる?」
「なっ!? 別にそんなんじゃない! ただ、お前が綾芽に借りを作るのが嫌なだけだ!」
「だからそれをヤキモ…」
「違う!」

むきになって否定する菫が面白くて、名前が笑うと、菫は真っ赤になって顔をそらした。

「わ、笑うな馬鹿!」
「や、別に笑って、ない、よ?」
「嘘をつくな! 絶対笑ってるだろ!」
「だって菫ちゃんが…」
「っ…! もういい、勝手にしろ!」

完全にそっぽを向いてしまった菫に、小さく笑って、名前は菫の顔を覗き込んだ。

「菫ちゃん、笑ってごめんね?」
「別に、怒ってない」

そういう割には、菫はむすっとした顔をしている。
名前がもう一度ごめん、と謝ると、菫はようやく不機嫌そうな表情を和らげた。

「ねぇ、菫ちゃん。私、桔梗ちゃんにちゃんと忘れたこと言うから、教科書一緒に見よ?」
「オレとお前は席が離れてるじゃないか」
「菫ちゃんの隣の席の子に、2時間目だけ席代わってもらうから、ね?」
「……今回だけだからな」

真っ赤な顔のままで、呟かれた言葉に名前は満面の笑みで「ありがと」と答えた。



(ひだまりの下に咲うよう)