キキッと、タイヤとコンクリートが擦れる音がして、目の前に見慣れた車が停まる。
時計を見ると連絡をしてからちょうど10分が経ったところで、あまりに迅速かつ正確な行動に、いつものことながら感心した。
運転席のドアが開いて、中から少し困ったような顔をした桜沢が降りてくる。

「外で待たれていたのですか? こちらについたら私から連絡を…」
「いいの、私が待ちたかったんだから」

お説教モードに入りそうな桜沢の言葉を途中で遮った。

「それよりも、」
「はいはい。分かっていますよ」

苦笑しながら、桜沢が車から小さな鞄を取り出した。中には今日の私のお弁当が入っている。

「突然電話をされたので、どうしたのかと思いましたよ」
「だってたまには売ってるのじゃなくて手作りのお弁当とか食べたいでしょ」
「本当にワガママなお嬢様ですね」
「どーせ私はワガママですよー、ふーんだ」

唇を尖らせながら言うと、桜沢はまた苦笑をした。
こーゆー反応は子ども扱いされてるみたいで、私はちょっと不機嫌になりながらも鞄を受け取る。
中を除くと、入っていたのは和食用のお弁当箱。
少しの期待をこめて、桜沢に聞いてみる。

「ね、桜沢。今日は和食?」
「えぇ、そうですよ」
「出汁巻き玉子は?」
「ちゃんと入っていますよ」

やった!と小声で呟く。
独り言のつもりだったけれどその呟きはきっちり桜沢に聞かれていたみたいで、くすくすと小さく笑われた。
そんな桜沢の態度に、私はまた頬を膨らませる。

「むぅ。笑うことじゃないでしょー」
「えぇ、そうですね。すみませんでした」
「とか言いながらまだ笑ってるじゃんか。桜沢が子ども扱いするー……」

むくれたままそっぽを向くと、ふいに桜沢の笑い声が止んで、「名前様」と声をかけられた。

「悪ふざけが過ぎましたね。申し訳ありません。ですから、機嫌を直されてください」
「……」
「名前様」
「…一つだけ、頼みごと聞いてくれたら、許さないことも、無いけど」
「ええ、宜しいですよ。なんですか?」

躊躇う間も無く、即答されて面食らう。

「そんな、即答していいわけ? 私が無理難題を言ったらどうするつもりなの?」
「名前様はそのようなことは仰らないと分かっていますから」
「……!」

さらり、とそんな言葉を吐かれて、思わず顔が赤くなる。
桜沢は時々こうやって思わせぶりな台詞を言う。もし狙ってやってるならとんだ腹黒だ。

「……明日、も。お弁当作ってきて。出汁巻き玉子入れて」

赤くなった顔を見られたくなくて、斜め下を見ながら言ったら、桜沢がまた笑った気配がした

「そんなことでしたか」
「そんなことって何さー」
「名前様がお望みならば、明日だけでなく、毎日でも作りますよ。勿論、名前様のためだけに」



(愛情ランチ)(レシピは簡単。貴方への愛、それだけ)



再び赤くなった頬を、桜沢に笑われるまで、あと1秒――。