ぐぅ、とおなかがなって、名前は厨房にいるライに声をかけた。

「ライー、おなかすいたー!」
「もうちょっと待ってろ!」

返って来たのはそんな言葉
その声音にかすかに苛立ちが混じっているのは多分今と同じやりとりを少なくとも10回は繰り返しているからだろう。
業務時間外にご飯を作らせるのは悪いなと思わないこともないけれど、お金を払ってはいるのだからまぁいいだろうと思いなおす。
それに、前と違ってこうでもしないとライの手料理が食べられる機会なんてそうそうない。
ライがミュランスの星に輝いてから数ヶ月、客の入りは衰えることを知らないし、名前自身も町から離れがちなため会える時間も少なくて。
だから、これぐらいの我侭は許されてしかるべきだ!
そう声高に宣言したらリシェルに「調子に乗ってんじゃないわよ」とはたかれたのもいい思い出だ。
つらつらとそんな事を考えていると、またおなかがぐぅとなった。

「ラーイー!! まだー?」
「だからちょっと待てって! ……ほら、出来たぞ!」

そんな言葉と共に、テーブルに美味しそうに湯気を立てるお皿が置かれる。
「いただきます!」そう言うやいなや、ぱくりと一口口に運んだ。
途端に口中に広がる、思わずほっぺたが落ちそうになるほどの美味しさ。

「お……おいしいっ…!!」

その言葉に、ライは満足そうに微笑むと名前の向かいの席に腰を下ろした。

「ったく、突然来たかと思えば第一声がおなか空いたー、だもんな」
「ごめんね、ライ。でも本当におなか空いてたんだよー」

食べ物を口に運びながら食べるのはマナー違反だけど、ライ相手ではそんな遠慮もない。
ライも呆れた顔をしつつも特に何も言わなかった。

「ついてるぞ」
「へ?」

ライがそう言って、自らの頬を指差す。
も手を当ててみるものの、どこにも何もついていない。

「あー、そっちじゃなくて逆!」
「逆? こっち?」
「だから違うって、もっと下」
「下ってどこ?」

そんなやりとりを繰り返す内しだいにもどかしくなったのか、ずいと身体を乗り出したライが名前の頬についていたソースを指でぬぐった。
そのまま自然な動作でぺろりとその指を舐める。
ソースの味に満足したのか、うんうんと頷いているライの真正面で、名前の顔がみるみる赤く染まっていく。

「…? どうしたんだ、顔赤いぞ」
「へっ!? え、いや、別に、なんでもないよっ!!」
「なんでもないって顔じゃないだろ、熱でも…」
「ないよ! っていうかどう考えてもライのせいじゃん馬鹿ー!!」

自分のせい、と言われて思い当たるふしを探すライ。
数秒後、ライの顔も見る見るうちに赤く染まっていった。

「……悪ぃ」
「や、いいよ謝らなくても。逆に恥ずかしい」

故意じゃなかったんだろうし、と言いながら手で仰いで熱を持った顔を冷ます。
顔の赤みが消える頃には、皿の上に乗った料理もきれいさっぱり消えていた。

「ごちそーさまでした! ライ、美味しかったよ」

わざわざ料理を作ってくれたライにお礼を言って、傍らの荷物を持ち上げる。
ふっ、と今まで明るかったライの表情が翳ったのを感じて首をかしげた。

「どうしたの、ライ」
「や、別に」
「……?」
「………もう行かなきゃいけないんだろ?」

告げられた言葉に、名前は表情を和らげる。

「寂しいんだー?」
「なっ…!? 別にそんなんじゃ…!」
「恥ずかしがらなくていいよ。私もこの町にいないときはいつだって寂しいし」
「…名前」
「大丈夫だよ、ライがここにいる限り、ご飯食べに戻ってくるから」

名前の言葉に、ライがガクリと脱力した。

「メシ食いにかよ…」
「っていうのは口実で、ライに会いに来るから」

にこりと笑って告げれば、返って来たのは唖然とした、だけれども恥ずかしそうな赤い顔。

「じゃあね、バイバイ」

扉を開けてそう言って手を振ると、赤いけれど少し嬉しそうな顔で、ライも手を振りかえした。



(別れ、また交わる道の上で)

(恐れる必要はない)(再会は誓わずとも決まっているのだから)