朝、眼を覚ますとそこにはいるはずのない少女の姿があった。

「……名前、何をしてるんだ」
「んー……あ、あぁ、ギアン。おはよー」
「おはよう、名前。……それで、ボクの質問に答えてくれないかい?」

起き抜けでまだ覚醒出来てないのだろう、ギアンの質問に名前はただ気の抜ける笑みを浮かべるだけで、質問に答えるそぶりは全く無い。
の返答を無言で待っていたギアンもこのままでは埒が明かないと判断したのか、
ため息を吐きつつ「とりあえず、顔を洗っておいで」と名前に言った。
数分後。ようやくちゃんと眼を覚ました名前に、ギアンは先ほどと同じ質問をぶつける。

「で、名前。どうして君はここに居るんだい? フェアからは聖王国に行ったと聞いていたんだが」
「あー、うん。聖王国には行ったよ? でも、ギアンが戻って来てるって聞いたから、急いで帰って来ちゃった」
「急いで…って、ボクが戻ってきたのは一昨日だ。…まさか、2日で聖王国からトレイユまで来たのかい!?」
「ん。でも出発したのは昨日だから実質1日かな。色々と無茶通しちゃったけど、ギアンに早く会いたかったから」

えへへ、と恥ずかしそうに名前は笑う。
そんな名前にギアンはとても嬉しく思いつつも、この少女はどこまで無謀な事をするのか、と少し頭が痛くなった。

「……もしかして、迷惑、だった…?」

ギアンの表情を見た名前が、不安そうにギアンの顔を覗き込む。

「そんなことは無いよ。どちらかといえば…嬉しいかな」
「ホント? 良かったー」

ギアンが正直な気持ちを名前に告げると、名前は本当に嬉しそうに笑う。
そんなほのぼのとした空気が流れて、つい忘れてしまいそうになったのだが、ギアンはもう一つ質問があったことを思い出した。

「あぁそうだ、名前。あともう一つ聞きたいんだが」
「ん、なぁに?」
「どうしてボクの部屋に居たんだい?」

笑顔のままのギアンの口から吐き出された言葉に、名前はぴしりと固まった。
ギアンの表情は笑顔だが、目が笑っていない。何気にお怒りの状態だ。
目を逸らしてみるものの、にこにこと笑顔のままでこちらを見続けるギアンの圧力に、とうとう名前は屈してしまった。

「あ、あのね、帰ってきたの、夜だったの」
「うん」
「ほら、起こすのも悪いし。…でも、早く、顔、見たかったし」
「それで?」
「それで、その、……部屋、に、忍びこんでみたり…とか……」

どんどんと語尾が小さくなっていく名前
こっそりとギアンの様子を窺うと、彼は盛大に苦笑をしていた。

「全く……夜中に男の寝室に忍び込むなんて」
「ご、ごめんなさい」
「…言っておくけれど、それは何をされても文句は言えないということだからね?」
「ふぇっ!? な、何を、って…」

ギアンが笑顔を消して低い声で呟けば、面白いほどの反応が返ってくる。
くつくつと肩をふるわして笑い出したギアンを見て、名前は一瞬呆けたような表情をしたが、それがみるみる怒りの表情にすり替わっていく。

「酷い、ギアン!! からかったんでしょ!?」
「でも、ボクが言ったことは間違ってないよ」
「うっ……」

それには同意するしかないのだろう、名前はぐっと押し黙る。
しかしその顔には悔しいという思いがありありと浮かんでいる。
それを見て、いい加減かわいそうになってきたギアンはそろそろからかうのをやめることにして、口を開く。

「だから、」
「?」
「ボク以外にそんなことをしたら、駄目だからね?」

幼い子に言い聞かせるようなギアンのその言葉に、名前は少しだけ目を丸くして、その後すぐに笑顔で「うんっ!」と答えたのだった。

「あのね、ギアン」
「なんだい、」
「戻ってきてくれてありがと。 大好きだよ」
「ボクもだよ。」



(きみのとなりがいい)(君がいるだけでこんなにも世界は暖かいのだから)